9月1日が防災の日になったのは大正12年の9月1日に起こった関東大震災に由来していますが、その被害がいろいろあった中で、東京・上野の寛永寺境内にあった大仏さまが”おいたわしい”目にあった結果・・
◎「上野大佛」はお顔だけ!
今年令和7年に創建400年となる上野寛永寺の本堂から徒歩10分ほどの場所に大仏さまのお顔(面長約2メートル)だけがまつられていているミニお堂?が在り「上野大佛」と表示されている。
この”お顔だけの大仏”、元々はまともなお姿の座像だったものが、1855年の”安政の大地震”で頭部が崩落して、その後修復されたものの1923(大正12)年9月1日関東大震災で再び頭部が落ちてしまった。
↓関東大震災前のお姿 (写真は寛永寺蔵)
しかし何故に顔面が残されたのかの理由が不明であり、寛永寺の執事さんによれば「関東大震災で崩落したのは顔面だけであり、金属類回収令が出た際にはこれを隠していたか、あるいはこれだけを供出免除してもらったのかは分からない」とのことだが・・
震災時に頭部まるごと崩落している写真が動かぬ証拠として存在するから、この”顔面だけ崩落した”話は事実ではなく、しいて言えば崩落後の頭部の顔面部分がその後さらに自然に分離したか意図的に分離させたかのどちらかであろう。
こうして上野大佛は”何度も頭が落ちたが、もう落ちることは無い”・・ということで、別名「合格大仏」として受験生の合格祈願の対象となっているので、この大仏の周囲は絵馬が大量に掛けられている。↓
さて次の大顔の例は・・
◎ラシュモア山の岩肌に彫られた4人の米国大統領の巨大顔!
アメリカ合衆国サウスダコタ州のラシュモア山の岩肌には、ワシントン、トマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、リンカーンの4人の大統領の巨大な顔面が彫られている。(一部は胸像のようになっている)
顎から頭頂までの寸法は平均18.3メートル、ジェファーソンの鼻の長さ6メートル、ルズベルトの口ひげの幅6メートルである。

(↑↓画像3枚は「ディスカバリーチャンネル」より)
顎から頭頂までの寸法は平均18.3メートル、ジェファーソンの鼻の長さ6メートル、ルズベルトの口ひげの幅6メートルである。

(↑↓画像3枚は「ディスカバリーチャンネル」より)
当初はそれぞれの人物の腰あたりまでの姿を浮き彫りにする予定であった。それにもう一人「スーザン・ブラウネル・アンソニー」という女性を追加する予定もあったがいずれも資金不足と第二次大戦に突入したため、それらは断念された。
この正式名称は「ラシュモア山 国立記念碑」。製作者は彫刻家のガッツォン・ボーグラムで、作業開始は1927年で400人の作業員が硬い花崗岩を時には爆破しながら、完成したのは1947年。
↓手作業の様子

実は、ラシュモア山の岩肌に人物の姿を彫る企画はある有力者から出たもので、その題材にはその土地(元々はスー族の聖地だった)で有名なネイティブアメリカンなどを彫ることを提案されていたものの、ボーグラムは白人至上主義の過激団体KKK(クー・クラックス・クラン)の会員だったことがある人物なので、それに従わずに(白人)大統領にしたと察せられる。
◎「自由の女神」の大きな顔だけが見世物になったことが・・
この像を作ったのはフランスの彫刻家フレデリック・バルトルディで、厚み2.5ミリ前後の銅板300枚をつなぎ合わせて形作った像の重さは80トン(73トンとも)になった。
内部を支える鉄製のフレームの設計はエッフェル塔を設計したエッフェルで、使用した鉄材の重さは120トンになったので像の総重量は約200トン。
像自体の製作費は当然フランス側負担だが、それを設置する台座製作はアメリカ側が負担することになっていたが、両国とも資金不足に悩まされて・・
像の製作現場を有料で見学させたり、1876年のアメリカ・フィラデルフィア万博には像の右手の肘から先のトーチを握っている部分だけを米国にまで送って(巨大だから)トーチ部分に人が乗って眼下を見物できるようにして料金をとったりし、
また1878年のパリ万博では像の頭部(胸の一部含む)のみを展示するなどして資金集めを行った。
↓パリ万博での頭部展示
↓パリの街(クールセル大通り付近)で米国への出発を待つ1884年時点の自由の女神像 (写真は角川書店発刊の「パリとパリジアン」より引用)

実は「自由の女神像」の原点はエジプト向けの像だった!・・当初にバルトルディに依頼が来たのは、エジプトの総督から「スエズ運河の入口に巨大な灯台の役目をもつ像を作って欲しい」というもので(私が思うに、これは紀元前3世紀にエジプトのアレクサンドリアに高さ134メートルの通称「アレクサンドリアの大灯台」が建てられていて一時期には最上部には像も立っていたというからこれを意識したものだったのではないか?)、そこでバルトルディはその完成予想図まで描いたところで、エジプト側の財政上の問題で、中止となってしまっていた。その後に”アメリカ向けの像”の依頼がきたので原案を修正して利用した。
↓エジプト向けに描かれた図(左)/アレクサンドロスの大灯台想像図(右)
奈良の興福寺国宝館に収められている通称「興福寺仏頭」は正式には「銅造仏頭」と言うらしいが、高さは98.3センチと大きいから元の全身像の大きさはそうとうなものだったことがうかがえる。
↓「銅造仏頭」(約60年前に私が興福寺で撮影したもの)
↓「銅造仏頭」(約60年前に私が興福寺で撮影したもの)
元は飛鳥山田寺に在ったもので白鳳時代の685年に造られた薬師如来であったが、1187年(現在の解釈では鎌倉時代に入って3年目)に興福寺が強奪して、その数年前に焼失していた本尊に代わって安置させたが、室町時代の1411年に火災にあい、頭部だけが残ったものを現在の本尊の台座内部に収めていたが、1937(昭和12)年に発見された。
マレーシアの「グヌン・ムル国立公園」(マレー半島側ではなくカリマンタン=旧称ボルネオの北西部に位置)の中の「ディア・ケーブ」という巨大な洞窟は高さ120メートル、幅175メートル。その入口付近にある巨大な岩の部分がリンカーン(大統領)の横顔にそっくり。
上の写真で細かい点で写っているのはコウモリの群れで、この洞窟には約300万匹棲みついていて、午後5時半すぎから、獲物を探しに森へと向かって飛び立つが全匹が出ていくまでに1時間あまりかかる。
というわけでバード?ストライクを避けるために近くの空港での最終便は午後3時半までと決められている。
蛇足ながら、このリンカーンの横顔のような写真から思い出すのは、今から45年ほど前の1980年代初頭だったかに、私がある団体に参加してのパリ訪問の際にキャバレーのような所?で観た”有名人の横顔を、手の指だけを使っての影絵で表現する名人”が作り出す”人物”が説明が無くとも誰だかがまことによく分かるのには驚いた。そこで表されたのがリンカーン大統領の他、ドゴール大統領、フルシチョフ首相、マハトマ・ガンジーたちだった。なお、この影絵師の技は日本のテレビでも紹介されたことがあった。
◎鎌倉大仏の美しいお顔の法則をさぐる作業が昔にあった!
「鎌倉大仏」は鎌倉市長谷の地におわすことから「長谷の大仏」とも呼ばれますが、正式名は「国宝銅造阿弥陀如来坐像」と言うのだそう。
大仏像は国内外に数ある中でもこの鎌倉大仏のお顔はただ大きいだけではなく抜きんでて美男ということで、1951(昭和26)年に、目鼻立ちの比率を測って科学的に美男顔の条件を研究する目的で、この像を足場で囲み、お顔の各部位を細かく実測することが行われた。


↓鼻の計測中
◎「大顔面」という名の石膏モデルがある!
上左画像の普通のタイプと右の「面取り」タイプがある。大きさはいくつかあって、大きいものでは縦39センチ、横35センチ、厚み20センチ。
(画像は「石膏像ドットコム」ショップのHPから引用)
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大きな顔だけの像はまだありますので次回(2)にて・・・・・・・・・・・・・・
















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