◎科学博物館(略称:科博)に1日で1億円の寄付集まったが・・

国立科学博物館(東京・上野)は、同館へ国から支給されている運営費交付金が年々削減されている中、コロナ禍で来館者減となって入館料による収入も減り、さらなる光熱費や物価の高騰で収蔵用の標本や資料の収集と500万点以上ある標本類の保存のための資金繰りが苦しくなっていることを理由に先日(2023.8.7)、インターネットを通じて寄付を募るクラウドファンディング(CF)を始めたところ、驚くべきスピードで募金が寄せられて開始9時間20分後の午後5時20分には目標としていた1億円を達成した・・というニュースが流れて、私はそのスピードと集金額よりもむしろ”日本の人たちの文化度、民度の高さの現れ”として感動した。
このクラウドファンディングは11月5日まで続行する予定だそうだが、何と今日(2023.09.09現在で7億4800万円超も集まっている!
↓科学博物館内展示物一例、右は「フタバスズキリュウ」の骨格化石
牧野富太郎博士はその94年の生涯で1500種の植物に命名し、約40万点に及ぶ植物標本や観察記録(図)を残したが、その多くは”終の棲家”として約30年間住んだ東京都練馬区の自宅(現、練馬区立牧野記念庭園)に残されていたものの、(牧野博士は名誉都民第一号でもあり)その後東京都が譲り受けて現在「東京都立大学 牧野標本館」(東京都八王子市)に収蔵されているが・・
当然のように、長年在籍した東京大学にも一部が残っていてそれらは博士が37年間もかかわった「小石川植物園」(←通称であり、正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」:東京都文京区)に収蔵されている。
本館内には研究室、実験室、図書館、80万点の植物標本の収蔵庫が在るが、1939(昭和14)年に完成した建物は雨漏り、外壁損傷が発生し、標本収蔵庫は満杯なうえに保管のための湿度温度調整用機器も老朽化などで早急な対策が必要だが「資金が無い」と園長の北川篤教授は訴えて・・
丁度、小石川植物園発足150周年でもあり、募金を受け付けるキャンペーンを行っていて、うたい文句は・・「緑の命を、未来につなごう」・・として「Life in Green Project」と銘打っている。
期間は2023年4月から2024年3月。目標金額3億円。・・ところが・・現在(2023年9月)のところ約1536万円しか集まっていないようだ。
先日、私がたまたまテレビで観たのですが、”科学博物館1日で1億円集まる”のニュースに関連して、この小石川植物園の窮状も伝えたシーンでは・・同園の一研究員(なんと白い肌の欧米系外国人)が標本収蔵庫の中で”牧野博士が学名を与えたとしてよく知られる「キンモクセイ」の標本を博士自ら作製してサインも記入した現物”を見せてくれながら指さしたのはキンモクセイの葉の先端付近が”虫に喰われたか乾燥しすぎてパリパリになって折れたか?”で欠損している状態であり、こう言った「このように標本管理がうまく行っていないので困っています!」。
ここで、科学博物館と小石川植物園の両者はインターネットも使って募金しているのに結果の差は何が原因かを考えると・・両者とも募金に至った詳細説明では運営資金不足を訴えているものの、各々のキャッチフレーズの方向が異なり、前者は「国立科学博物館500万点のコレクションを次世代へ」とやや具体的な内容で語り、後者は「緑の命を、未来につなごう」、「Life in Green Project」という抽象的な表現.。
もう一つ影響しているのが・・前者は今流に「クラウドファンディング(CF)」という言葉を使っているのに対し、後者は「寄付」という言葉を使っていること。
後者は前述の”牧野博士作製の標本がダメージを受けた現物”を見せて窮状を訴え、「クラウドファンディング(CF)」という言葉を使ったほうが良いのではないだろうか!
◎大賀ハス存続の危機にもクラウドファンディング !
3000年も地中で眠っていたという貴重な大賀ハスなのですが、どうやらその存在が危うくなっているようで、千葉市役所前に在った大賀ハスも消滅し、安藤忠雄氏設計の本福寺・水御堂(みずみどう:兵庫県淡路島)の大賀ハスも非常に少なくなっている様子。
また”大賀ハスと外国ハスの交配種”が千葉市の「みなと公園」の池に2種類植わっているのですが、これも消滅が近い様相を呈していて、一つは「中日友誼蓮(ちゅうにちゆうぎれん)」で、このハスは大賀博士と坂本祐二(和歌山県御坊市在住のハス研究家。ハスに関する著書もある)氏が大賀ハスの種を二人それぞれ50粒ずつ計100粒を、日本と中国の友好と平和の象徴として中国に寄贈したところ、中国武漢植物園にてその大賀ハスの種と中国古代ハスを交配した種が作られ、これが日本に贈られたもの。
もう一つは「舞妃蓮(まいひれん)」で、これは1966(昭和41)年に坂本祐二氏が大賀ハスと王子蓮(アメリカ黄蓮)を交配して作ったもので、花弁が舞うように閉じるさまが優雅な花。これを1968(昭和43)年に当時の皇太子殿下(現、上皇)ご夫妻がご覧になられたのを機に、美智子妃の美しさになぞらえて命名されたもの。
この2種のハスは私が10数年前に観た際には池全体にわたって大量に生えていた(残念ながら花は観ていない)のですが今年(2023年)7月に観たら、「中日友誼蓮」は姿が無く、説明看板によると、一旦別の場所に移して元気回復させてから再びこの池に戻す予定とのこと。一方の「舞妃蓮」は極端に少なくなっていてかろうじて存在しているような状態です。
ここの池ではハスの代わりにスイレン(睡蓮)がはびこっていて、この状況は安藤忠雄氏設計の水御堂の池も同じように見えますから、”スイレンは強し!”と感じます。
↓「舞妃蓮」はスイレンに囲まれてわずかに存在。(2023年7月下旬/千葉市・みなと公園)
大きく丸い葉がハス、小さく「パックマン」のような葉がスイレン
大きく丸い葉がハス、小さく「パックマン」のような葉がスイレン
大賀ハスに限らずハスの花を継続的に毎年咲かせるために理想的には、3年に一度は土を入れ替え、土中で増えすぎて密集している蓮根を間引いて整理するなどの手入れの必要があるそうで、これをしないと花咲かずに葉ばかり出るようになり、やがては衰退するそうで、前述のような”各地のハスの衰退状況”はこの手入れが行き届いていない結果だろう。
千葉市に在る「ハス品種見本園」は東京大学の旧、緑地植物実験所に在ったハスの管理を受け継いだもので、大賀ハスをはじめ世界各地のハス約120種をそれぞれの種類ごとに”一辺280センチの正方形で深さ60センチのコンクリート製の枡(ます)”などで栽培維持していますが、前述のように土(”田土”が最適)の入れ替え、蓮根の整理、肥料やりなどの作業を「大賀ハスのふるさとの会」のボランティアの人たちが行っている。
↓枡で育成中の大賀ハスを見学する中国の「大連市普蘭店区古蓮研究所」の視察団:2016年10月
(大連市普蘭店の地はかつて大賀博士が中国古代ハスを発見した所)
毎年持続してハスの花が咲くためのこのような作業には人の労力の必要のみならず、土や肥料代など経費が発生して、この「ハス品種見本園」では1枡当たり年間3万円かかるそうで、毎年開催の「ハス祭り」や「観蓮会」で”花托(かたく)※”や”ハスの絵葉書”などのハス関連グッズを販売したりして資金捻出していたが、コロナ禍の影響で収入激減してしまったので・・
「ハス品種見本園」の維持管理継続のためのクラウドファンディングをすることになり、目標額:35万円として、2021年3月から約一か月かけて72人から46万8千円が集まって、その後の運営が継続されているとのこと。
※「花托」とは、ハスの場合は花の中央の黄色い円形部分で表面に10数個~30数個の小さな穴があるもので、花びらが散った後はその直径が大きくなり緑色に変化し穴も少し大きくなり、最終的には直径10センチぐらいなどになり茶色になる。穴が大きくなった花托は蜂の巣のような印象となり、それぞれの穴には種(実)が入っている状態になる。


(↑真ん中の写真は「舞坂の自然を守る会・ちゅうなあ通信」より引用)
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秘話:現在日本では大賀ハスの他にも古代ハスが発見されていて、一つは埼玉県行田市の「行田ハス」で、推定1400~3000年前のものと言われているが、その発見の契機がおもしろく、1971年にある公共施設の工事現場で開花したもので、ハスの種というものは堅い殻に包まれていてしかもその表面は撥水性があるため水を吸わない状態で何千年も休眠できるようだが、工事用の重機によって殻の一部が破れてそこから水が入ったために眠りを覚まされて発芽したと考えられている。
(現在、園芸用にハスを種から育てる場合には必ず種の尻部を切り欠いてから水に漬ける手順がとられる。)
もう一つは、群馬県館林の城沼のハスで、これも前述の行田ハスと同様、推定1400~3000年前のものと分析されているが、ここのハスは太古の昔から絶えることなくこの沼で生き続けていると考えられている。
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飛話:近年は非正規就労者や介護職などの給与水準の低さが指摘されていますが、最近は学芸員(博物館や美術館で働く専門職)についても同様の指摘がでてきました。
そこで思い出すのは・・私が小学校高学年時に上野の科学博物館に(父親に付き添われて)行き、アンモナイトの化石とデスモスチルス(日本やサハリンあたりに生息して1300万年前くらいに絶滅したとされる海獣)の骨の一部の化石(と思われるモノ)を、同館の地下に在った地学課で鑑定をしてもらって、前者は約2億年前のセラチテスという部類。後者はデスモスチルスではない他のもっと新しい時代のモノであるが種類は判定不能という結果でしたが・・
そこで思い出すのは・・私が小学校高学年時に上野の科学博物館に(父親に付き添われて)行き、アンモナイトの化石とデスモスチルス(日本やサハリンあたりに生息して1300万年前くらいに絶滅したとされる海獣)の骨の一部の化石(と思われるモノ)を、同館の地下に在った地学課で鑑定をしてもらって、前者は約2億年前のセラチテスという部類。後者はデスモスチルスではない他のもっと新しい時代のモノであるが種類は判定不能という結果でしたが・・
鑑定して下さった地学課長の尾崎博さんは当時のテレビにもコメンテーターとして出演するほどの方だったのですが、私がお礼を言っての帰り際に尾崎課長から「君、地学で将来食っていくのは難しいよ」というショッキングな言葉を投げかけられたのでした!・・
それは、今から70年ほど前の昔も博物館の学芸員は薄給だったという背景があったからでしょうが、最近の各所で行われているクラウドファンディングの結果で学芸員給与アップに反映されれば良いのですが・・。
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