徒然G3(ツレヅレジイサン)日話秘話飛話

兼好法師ならぬ健康欲しい私がつれづれなるままに お伝えしたいこと綴ります。 時には秘話もあり!

    ジャンルは不特定で硬軟織り交ぜながら 皆様に何かお役に立てば幸いです

    2025年06月

    日本の国鳥である雉の雄(左)と雌(右) (Wikipediaより)
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    先日、千葉県在住の友人からのメールとともに”ご自宅の庭に現れたという雉”の素晴らしい画像が送られてきました。それを拝見していたら、雉についてあれこれ頭に浮かんだことがあるので、それを今回綴ってみますが、まずはその雉の画像について・・

    ◎雉が家族で行進
    送付された画像には雉のつがい(夫婦)※とその子供たちがいっしょに地面を行進している姿で、実になんともほほえましい光景です。(画像がお見せできないので悪しからず)

    ※冒頭の画像のように雉の雄は尾が長く羽根の色が美しい。雌の尾は短く羽根は地味なので、それが1羽ずつ寄り添っていればつがいと明確に分かる。

    よく紹介される”カルガモ親子の行進”はすべて”母親と子供たち”であり、雉も同じく母親が子育てをするのが基本とされているので、父親も一緒になって行進するシーンは珍しいのではないか。

    ↓雉の母と子の画像は普通に見られるが・・ (日本の野鳥識別図鑑より引用)
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    ◎「雉を撃ちに行く」と「花を摘みに行く」
    「雉を撃ちに行く」という言葉は主に登山者の男性たちが野山で大小便する行為の隠語として使われるものだったそうですが、私は半世紀前に”野山ではなく街なかで”ある友人が使ったこの言葉を初めて聞いて、”良い表現だな”と思ったものでした。

    同様に女性の場合は「花を摘みに行く」という表現になるのだそうです。

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    ◎雉の肉を食べたことがあるものの・・
    私は昔、ある肉料理店で牛や豚のほかに変わった肉も含むコースを選んだところ、イノシシ、ウサギ、シカ、そして雉がだされた。
    jibie
    今ならば、それは「ジビエ」と言ったのでしょうが、そのような言葉がなかった時代だった。
    食べてみたら、牛と豚は別にして雉やその他の肉はやや堅めで、正直言って珍しさ感が先にたって味の記憶があまり無い・・ということは”不味くはなかった”ということでもあるが、今にして思えば”もっとじっくり味わえばよかった”。

    その店の名は「囲炉裏茶屋」。兵庫県加東市にある東条湖の湖畔に在ったが現在は閉店している。古民家を利用した建物で、文字通り囲炉裏の炭火で肉を焼いて食べるスタイルだった。

    ↓「囲炉裏茶屋」のマッチ(最近、机の引き出しの奥から48?年ぶりに出てきた)
    irorijyaya

    蛇足ながら、私は「雀の丸焼き」というものを食べたこともある。それは京都の伏見稲荷の門前?の店の名物として有名なので、一度は経験と思って挑戦したが、なにしろスズメの頭蓋骨丸出しの姿で、全体も骨っぽくて肉はあまり無いというものだった。これ以上言うと店の営業妨害になるので・・
    グロテスクなのでここでは画像紹介できないが、ご興味ある方はネット検索で見られます。

    ◎賤ケ岳(しずがたけ)で出会った雉
    「賤ケ岳」は滋賀県に在る標高わずか421mの低山で、「琵琶湖」とその北側に在る「余呉湖」(周囲6.4キロの小さな湖)の間に挟まれた位置に在る。

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    これも50数年前の初夏のある日、この賤ケ岳を私は一人で登っていた(と言っても登山というほどでもなく、観光案内書にはハイキングコースとなっている)が、その途中、道の両側が藪になっている所にさしかかったところで突然、目の前の藪の中から1羽の大きな鳥が飛び出してバサバサと音をたてながら道の地面すれすれに低く飛んで(脚も少し地面をけっていたかも) 右の藪から左の藪の中に消えた。

    それは一瞬のことだったが、目にした鳥は雉に間違いなかった。大型で尾は長く、うまくはない飛び方から判断できた。残念ながら羽色の記憶がないので雌雄の判断はできない。

    ↓低く飛ぶ雉 (「日本の野鳥識別図鑑」より)
    kiji-flying

    この時の私にとってはこの”雉との遭遇”は普通の驚きではなかった。と言うのも、その道は一応ハイキングコースとして整備されているようだが道幅は狭く、両脇は木立に囲まれ、一部は藪のような所をかきわけながら歩くというほど非常に細い、心細い道だった上に、途中で他の人の姿は一人として見かけず、静寂で、こうなると寂しく、不気味さも感じながら進んでいた中で起きたことであったからであった。

    後から自分でも面白いと思ったのは、驚いた割には声が全く出なかったが、それは周囲に誰も居なかったからで、もし他に人が居たら「わっ!」というような声で”一種の通知”の意味を含んだ声を発していたに違いないということ。

    そしてこの日は、湖畔に国民宿舎もある余呉湖の周囲6.4キロをレンタサイクルで一周した約50分間と賤ケ岳のハイキングコースを登って降りてくる約2時間の合わせて約3時間に人の姿を一人も見かけなかったということが、一応は観光地という場にしては特殊な経験だったのである。

    ↓賤ケ岳山頂からは琵琶湖も余呉湖 も見えるがこの画像は余呉湖。私が登った日は山頂にも誰一人としていなかった) 
    (画像は「賤ケ岳リフト」のHPより)
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    蛇足ながら、賤ケ岳と言えば日本史を学習した人は「賤ケ岳の戦い」あるいは「賤ケ岳の七本槍」※という話を思い浮かべるのでしょうが当時の私はそれを知らなかったので、もし知っていて登ったのであれば感慨深かったに違いない。

    ※「賤ケ岳の戦いと七本槍」の説明:
    https://www.rekishijin.com/13011

    実は賤ケ岳に登ってみたのは”ついで”の行動であって、その日の目的は余呉湖探訪だった。その動機は、水上勉が1965(昭和40)年から1年間、読売新聞に連載(後に単行本化)した悲恋小説「湖の琴(うみのこと)」の中に余呉湖の名が出てきていたからなのであった。

    ↓映画化された「湖の琴」(主演:佐久間良子)
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    ◎桃太郎の鬼退治になぜ雉が?
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    雉が国鳥とは知らなかった私だが、ではなぜ桃太郎の鬼退治に雉が参加したのかが気になりだしてチョイとググッてみたら、諸説ある中で代表的な2説が紹介されていて・・

    一つは「陰陽五行説」で十二支を子(ねずみ)を頭(北)にして円環状に並べてみると丑寅の位置は東北つまり鬼門、それは丑(牛)のように角があり寅(虎)の皮のパンツをはいた鬼が棲む所、それに対して円環の上で反対側の南西にあたる所が裏鬼門とされ、そこには羊、申(猿)、酉(鳥)がいるが、羊は戦には向かないので除外し、かわりに戌(犬)を引き入れたカタチで編成したとされるが、それにしても鳥には強そうな鷲や鷹が採用されずになぜ雉なのだろうか?

    もう一つは「儒教説」で孔子は”徳を成すには「智」「仁」「勇」が必要”と教えているところから、鬼退治には「智」の猿、恩を忘れぬ「仁」の犬、火事の際に自分の羽で覆って卵を守るとされる「勇」の雉が選ばれたというもの。

    ↓図は「日本桃太郎会連合会」のHPより引用
    onmyougogyousetu

    まあ、いずれの説もこじつけ感があるが・・
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    数か月前のこと、オーディオマニアかつクラシック音楽からジャズまで非常に詳しく"耳の肥えた"友人から「HIMARIという名前の日本人天才少女バイオリニストが現れたので注目!」という情報をもらったので、

    YouTubeでその演奏を聴いてみたら、その凄さは音楽がよくわからない私でも感じ取れるほど。

    HIMARIとは(Wikipediaによれば)・・2011年6月24日、東京都生まれの現在13才で本名:吉村妃鞠。10才までに国内外のコンクールで全て1位。米国カーティス音楽院に最年少10才で合格。

    現在日米を行き来しながら活躍中。今年(2025年)3月にはベルリンフィルのコンサートでアジア人最年少ソリストとしてデビュー。
    himari

    ◎「チゴイネルワイゼン」をHIMARIと作曲者自身の演奏で聴き比べ!
    HIMARIが8才の時、モスクワで開催されたシェルクンチク国際音楽コンクールの弦楽器部門・14才以下の部で、一次審査ではサラサーテ作曲「チゴイネルワイゼン」、二次審査ではパガニーニ作曲「カンタービレ」を演奏して1位獲得。

    その際の3人の審査員は彼女の演奏を絶賛して、「彼女の出現を神に感謝する」と言うほどだった。

    ↓その時のHIMARIによる「チゴイネルワイゼン」、「カンタービレ」演奏と評価

    「チゴイネルワイゼン」はバイオリンの名手であるサラサーテが彼の演奏技巧を詰め込んで作曲したもので、その彼自身が1904年60才の時に演奏した録音レコードが存在していて、昔にそれを聴いたことがある人によれば聴きづらい音だったそうだが、

    近年それを雑音除去などによってクリアな状態で聴けるようになっているとのことで、それを私もYouTubeで聴いてみたら、HIMARIが8才時に弾いた「チゴイネルワイゼン」と比べるとやはりサラサーテのほうが情感の込め方において優っていると感じたが・・

    ↓サラサーテ自身演奏の「チゴイネルワイゼン」

    ただし、HIMARIもこれから人生の喜怒哀楽などの経験を糧にして演奏に深みを増すのだろうから今後の表現力はさらに磨きがかかるにちがいない。

    しかしこれからの経験といっても音楽表現に関連しないことは”雑音的”なものとして邪魔なのだろう。

    後述部分に出てくる、バイオリンの名手の一人だった辻久子は音楽以外の一般的行為が"雑音的なこと"だったようで、それを排除していた結果、例えば電車の切符の買い方さえ知らなかったという話を聞いたことがある。

    ※ちなみに
    サラサーテ以外で、この私でも知っている"バイオリニスト自身の自作自演の古い例"はクライスラー(「愛の喜び」、「愛の悲しみ」など作曲)で、100年以上前の録音が残っている。

    ◎バイオリン演奏に秀でたHIMARI、諏訪根自子、辻久子、巌本真理

    諏訪根自子(すわ・ねじこ):1920(大正9)年~2012(平成24)年
    suwanejiko

    辻久子(つじ・ひさこ)   :1926(昭和1)年~2021(令和3)年
    tujihisako

    巌本真理(いわもと・まり):1926(昭和1)年~:1979(昭和54)年
    onoanna

    《4人全員の共通点 : 「天才少女」と呼ばれた!》
    前述のようにHIMARIは8才で、

    諏訪根自子は11才で、

    辻久子は12才(第7回日本音楽コンクール弦楽部門1位)で、

    巌本真理は13才(第6回日本音楽コンクール弦楽部門1位)で、
    それぞれ「天才少女」と称されるようになった。

    しかしこの中でもやはり
    HIMARIの早熟天才度が光っている。

    《HIMARI、諏訪根自子、辻久子の3人は名器ストラディヴァリウスを使っている》
    HIMARIは前澤友作氏(ZOZOTOWN創業者、実業家)から貸与されている。

    諏訪根自子は1943年にナチスドイツの宣伝相ゲッペルスから贈呈されている。

    諏訪根自子、ストラディヴァリウス、ゲッペルス
    gepperus-storadi

    辻久子は1973年に自宅を3500万円で売却して3000万円でこの名器を購入した。このことは当時マスコミでも話題となったから私も確かに記憶している。

    ※サラサーテも10才時にスペイン女王から贈与されている。

    《HIMARIと諏訪根自子はベルリンフィルと共演している》
    HIMARIは前述したが、諏訪根自子は1943年に共演してブラームスのバイオリン協奏曲を弾いた。

    《諏訪根自子と巌本真理は子供の頃にロシア人バイオリニストの小野アンナ※の指導を受けている》
    ※小野アンナはロシア文学者の小野俊一と結婚していた時期があり、その際の名前。なおオノ・ヨーコは俊一の姪)

    ※今回は割愛したバイオリニスト前橋汀子も小野アンナの指導受けたことがあり、ベルリンフィルとの共演も行ったことがある。

    (今回文中すべて敬称略)
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    余録(1) ストラディヴァリウスについて
    ↓イタリアのクレモナの「ストラディヴァリ」という名前の職人(1644?~1737)が製作した楽器を「ストラディヴァリウス」と称している。(実際には二人の息子と他の職人も製作に加わっている) 
    (下の画像6枚は全てNHK BSテレビより)
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    表面の素材はスプルースというマツ科トウヒ属の針葉樹で木目が美しいのだが、ストラディヴァリが製作した頃は「小氷期」という”太陽活動が弱まっている時期(約7年間)”だったので樹木の生長が遅かった結果、特に木目が密になっていて綺麗かつ強度も上がっていた。

    現代はそのような材質のスプルースが存在しないので、ストラディヴァリウスの再現は無理。

    ↓このストラディヴァリウスの写真(クリックで拡大)で、その木目が見える。
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    ↓一般に裏面、側面、ネックの素材はメイプル。これはストラディヴァリウスのそれ。
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    ↓ストラディヴァリウスのネック部分。ストラディヴァリウスはビオラ、チェロ、ギター、マンドリンもあり、合計1100ないし1300作られたとされ、現存は約600と言われる。右はストラディヴァリウスのチェロ
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    科学的分析ではストラディヴァリウスは誕生して約300年の間に徐々に木質の強度が増して現在がピークで以降は低下に向かうことになる予測があり、現在が最高の音質状態であると言われる。

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    余録(2) : 諏訪根自子、明日待子、山口淑子(李香蘭)、原節子の共通点!!
    この4人は全員が1920(大正9)年生まれであり、それぞれの分野で多大な人気を誇った!

    諏訪根自子は美貌のバイオリニストでもあった。(~2012年没)

    明日待子(あしたまつこ)は昭和の戦前戦中戦後に活躍した”元祖アイドル”。 (~2019年没)

    山口淑子は戦前戦中は「李香蘭」の名で映画俳優、歌手。1974年からは参議院議員。(~2014年没)

    原節子も戦前戦中戦後に映画俳優として活躍。(~2015年没)

    ↓左から明日待子、李香蘭、原節子
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    そして4人ともが長命で、特に明日待子は99才で天寿を全うした。
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