徒然G3(ツレヅレジイサン)日話秘話飛話

兼好法師ならぬ健康欲しい私がつれづれなるままに お伝えしたいこと綴ります。 時には秘話もあり!

    ジャンルは不特定で硬軟織り交ぜながら 皆様に何かお役に立てば幸いです

    2025年01月

    この冬は各地で大雪の便りある中で・・

    ◎ベンチで横たわる仏様の雪像
    雪で作ったお釈迦様の涅槃像がベンチの上に現れたシーンがこの正月(2025年1月)早々にネット上で紹介※された。
    snow-budda3

    snow-budda1

    場所はある大学のキャンパスということだが、どうやら「京都伝統工芸大学校」のようで、作者は木彫り作家の濱里さんとのこと。

    これを見た感想として・・「ブッタまげた」・・という”仏陀”にかけたような声も紹介されている。

    「grape  TREND」2025.1.12発信記事より

    ちなみに”お釈迦様の入滅(死)を表す涅槃”の像や絵が多く存在する中の一部が・・

    「ワットポー寺院の涅槃像」(タイ・バンコク)
    ↓金色の像の全長が46メートルで 建物内に在るため、全身撮影が困難 (タイ政府観光庁のHPより)
    nehanbutu-thai2

    nehanbutu-thai

    「南蔵院の涅槃像」(福岡県)
    ↓全長41メートルでブロンズ像としては世界最長 (篠栗町観光協会のHPより)
    nehanbutu-max

    「映画『ビルマの竪琴』の中の涅槃像」
     (竹山道雄原作、市川崑監督、1956年公開)
    nehanbutu1

    松尾芭蕉の死を涅槃になぞらえた絵
    芭蕉は死後、生前以上に敬われて江戸時代後期には"神"と崇められたので、その臨終の様子は(神を仏に変換して?)涅槃のように描かれた。
    basyou-death


    ◎学校のグランドで横たわる裸婦の雪像
    横たわる雪像と言えば、思い出すのが私の高校生時代に東京でも雪が降って15センチほど積もった日、学校のグランドで級友と一緒になって(3人だったかで)作った裸婦像。

    その長さは3メートルくらいの大きさにしたものの教室からは見えない位置だったので残念ながらアピールの効果は無かった。

    実は、目立とうとするなら”校舎2棟にはさまれた(大きくはない)校庭”に作るほうが良かったのだが、ここは職員室からもよく見えるので、ちょっとマズイということで、この場所は避けたのだった。

    余談ですが、ある日の昼休みのこと、その校庭でテニスのラリー(軟式?/ネット無し?)をやっている二人の生徒がいて、その一人が後に(短期間ではあったが)首相になった鳩山由紀夫だった。

    当時彼が”元首相の鳩山一郎の孫”ということは皆が知っていたので余計に目立った行為だったが、そんな余裕の姿を見せながら当然※のようにスっと東京大学に進んだものだった。(※彼の息子を含めると4代連続東大卒)

    さて、我々の作った雪像については、解けて無くなってしまうものだけに写真に撮って記録を残せなかったのは残念。現代ならば身近なスマホなどで必ずと言っていいほどシャッターを押すだろうに・・
    ・・・・・・・・・・・・
    “雪が解ける”という言葉を聞くとなぜか私のアタマの中で「ノーエ節」の歌詞とメロディが(出だしだけだが)浮かんでくる。それは・・

    『富士の白雪ノーエ 富士の白雪ノーエエ 富士のサイサイ 白雪朝日でとける とけて流れてノーエ とけて流れてノーエエ とけてサイサイ 流れて三島にそそぐ ・・・・・・ 』
    ・・・・・・・・・・・・

    今年は正月早々 テレビでゲームアプリ「メメントモリ」のCMが頻繁に流れた。
    memenntomori

    “メメントモリ”という言葉はラテン語であり、日本語にすれば「死を忘れるな」となり、意訳すれば「自分はいつか必ず死ぬということを忘れるな」ということだそうですが・・

    そう言えば、「人は生まれた瞬間から死に向かっている(近づいている)」という言葉もある。

    そこで「こいつぁ 春から縁起でもないCMだわい!」と感じたものの、「いや、“メメントモリ”を意識すれば”今”を大切に精一杯に生き、”今日できることは明日に延ばさず“・・などの気構えが生まれて今年を充実した年にできる!」から、まんざらでもない!とも言える。

    人それぞれ寿命あり、長命、短命ある中で、私が日頃 気にしているのが”49才で亡くなった人たち”。

    そのきっかけは、今から40年ほど前に私の叔母が がんによって49才で亡くなったので、現代の平均寿命からすれば何と短い命であったことかと思うと同時に・・

    まことに非科学的ですが”49”は”4=死”と”9=苦”が重なって縁起の悪い数字だと思えるようになったから。そして次のような”しく”の付く言葉もある・・

    「四苦(しく)」・・これは仏教由来で”人生の四種の苦痛、即ち生、老、病、死”のこと(広辞苑より)。

    「四苦八苦(しくはっく)」・・同じく仏教由来で前出の”四苦に加えて愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦の四つの苦を加えたもので、転じてあらゆる苦しみ、非常な苦しみ“を表す(広辞苑より)。

    その他、「しくじる」(失敗する)、「しくしく」(しおれて泣く、絶えず鈍く痛むさま)もある。

    これら”しく”が付く言葉は好ましくない状態を表すもの。

    また、日本の終戦後の連合国軍占領下の1952(昭和27)年、日本航空の「もく星号」が羽田空港から福岡空港に向かっていたが伊豆大島の三原山火口付近に激突して乗客33名、乗員4名の計37名全員が死亡したのが、なんと4月9日。(まだ米軍による管制でパイロットも日本人ではなかった)

    「もく星号」激突現場:この写真の下部には3人の死体が明瞭に写っているがカットしました。
     (「サン写真新聞」4月12日号より)
    mokuseigou2

    ・・というわけで、古今東西の有名人で49才(数え年も含む)で亡くなった人たちを挙げてみます!
    けっこうオオモノが多いのに驚きます。

    始皇帝:紀元前259年2月18日~紀元前210年9月10日
    (古代中国で初めて皇帝という呼称を使った秦の6代目の王。生前に不老不死の薬草入手を徐福という人物に命じたので徐福は日本へ渡って探したという伝説は有名。そして当時は不老不死の薬とされた水銀を多飲して、逆に死期を早めてしまった。)

    聖徳太子(厩戸王/厩戸皇子):574年2月7日~622年4月8日

    上杉謙信:1530年2月18日~1578年4月19日

    織田信長:1534年6月23日~1582年6月21日

    真田幸村(真田信繁):(生年、没年とも異説あり)1567年または1570年2月2日または3月8日~1615年5月7日または6月3日

    チャールズ1世:1600年1月23日~1649年1月30日
    (スチュアート朝のイングランド、スコットランド、アイルランドの王だったが清教徒革命により処刑された年も1649と”49”が付く)

    島津斉彬:1809年4月28日~1858年8月24日
    (江戸時代末期の薩摩藩主で洋学進取の名君)

    西郷隆盛:1828年6月23日~1877年9月24日
    (上記の島津斉彬に重用されてもいた)

    大久保利通:1830年9月26日~1878年5月14日

    夏目漱石:1867年2月9日~1916年12月9日

    横光利一:1898年12月28日~1947年12月30日
    (「小説の神様」とも言われた一人)

    堀辰雄:1904年12月28日~1953年5月28日
    (小説家。代表作「風立ちぬ」)

    山下清:1922年3月10日~1971年7月12日
    (ちぎり紙による貼り絵で有名な画家)

    比嘉和子:1924年8月5日~1974年3月?日
    (南洋のアナタハン島事件の中心人物)

    ジャンボ鶴田:1951年12月28日~2000年5月13日
    (プロレスラー)

    河島英伍:1952年4月23日~2001年4月16日
    (シンガーソングライター)

    飯田馬之助:1961年4月30日~2010年11月26日
    (アニメ監督、漫画家)

    松本竜助:1956年4月6日~2006年4月1日
    (漫才の元「紳助・竜介」の一人)

    清水由貴子:1959年9月7日~2009年4月20日
    (歌手・俳優・タレント。父親の墓前で自死)

    ※厳密に満49才で亡くなった人のリストは・・
    https://straw-wara.net/today02/age/age_049.html#google_vignette

    ※厳密に満48才(数えで49才)で亡くなった人のリストは・・
    ・・・・・・・・・・・・

    あっ! と気が付きました "しく"の良い意味の使い方・・

    あらためまして 今年もよろ
    止苦お願いします

    しかしこれは意味的には良いが"字感"はやはり良くないか!
    ・・・・・・・・・・・・


    新春のお慶びを申し上げます!!

    お若い方には今年も元気にご活躍されますことを、
    お歳をめした方にはご健康長寿を、お祈りいたします。

    今年は巳年ということで・・

    senkou-snake5

    世界最初の蚊取り線香「キンチョウコウ」が
    1890(明治23)年に
    上山英一郎(金鳥ブランドの大日本除虫菊株式会社の創業者)よって発明されましたが

    当初は、その形が仏壇などで使われるお線香と同様なものだったため
    火もちが40分しかなかったので、長もちする方法を考えていたところ

    上山氏の夫人「ゆき」さんが、
    線香を渦巻型にすることを思いついたので

    この案に基づいて渦巻型蚊取り線香が
    1902(明治35)年に誕生しました。

    ただし初期は、現在の蚊取り線香の断面が長方形なのと違って丸型でした。

    巷では、「ゆき夫人は庭でとぐろを巻いている蛇を見つけて、
    渦巻の形を思いついた」
    という話が流布されていますが、
    その真偽のほどは分かりません。
    ・・・・・・・・・・・・
    ところで、毎年のお年玉付き年賀はがきの景品切手。
    私の手許にある最も古いのは
    1971(昭和46)年向け。
    (下の画像の右上の7円切手)。
    最新は2024(令和6)年向け。

    kitte-snake66

    毎年当選とはいかなかったので、全部で28年分がありますが・・

    その中で巳年用の切手は一つしかなくて、
    それは1989年(昭和64=昭和最後の年=平成元年)向けで
    上の画像の中の左上、折り鶴の右横の蛇型の土鈴の図柄。

    ↓拡大したもの

    kitte-snake3

    今年もよろしくお願いいたします!!
    ・・・・・・・・・・・・・・・・

    このページのトップヘ