徒然G3(ツレヅレジイサン)日話秘話飛話

兼好法師ならぬ健康欲しい私がつれづれなるままに お伝えしたいこと綴ります。 時には秘話もあり!

    ジャンルは不特定で硬軟織り交ぜながら 皆様に何かお役に立てば幸いです

    2024年12月

    世の中には一度は表記を変更したものの、また元に戻った例があり、そのいくつかをあげてみました。

    ◎キッチン ⇒ キチン ⇒ キッチン
    1990年代だったかにはマスコミにおいて「キッチン」を「キチン」と表記することが増えたが、その理由は"文字数を減らすため"だった。

    その背景と言えば、超高齢社会の日本では当然のように老眼者が多く、新聞や本などの印刷物の文字のサイズを昔に比べれば格段に大きくしてきた。

    ここで新聞の印刷文字がどのくらい大きくなったか(私の手許に保存している新聞を)ご覧ください。

    A)1968(昭和43)年12月28日・読売新聞(「アポロ8号、月から生還」のトップ記事)

    B)1990(平成2)年2月8日・読売新聞(「ソ連、一党独裁を放棄」のトップ記事)

    C)2024(令和6)年12月19日・朝日新聞(「ホンダ・日産 統合協議へ」のトップ記事)

    old-newspaper3

    ↓左から(A) (B) (C)   
    (クリックで画像拡大↑↓)
    old-newspaper2

    新聞の文字サイズの変化の詳細は後述

    文字を大きくして起きる問題は、紙面・誌面の限られたスペースの中での単語の文字数を減らす必要が発生すること。

    例えば「プーチン大統領」を「プーチン氏」とし、(その他の例が浮かばず恐縮ですが)

    ・・ということで「キッチン」を「キチン」と表記することが増えた。

    これには単に文字数削減するだけでなく、元々kitchenの発音は「キチン」であるという理由もあっただろう。

    ところがこの動きは進展せずに、近年は「キッチン」の表記ばかりで「キチン」は見られなくなり、つまり元に戻ったようです。

    さて理由は何でしょうか?・・NHKは一時期、「キチン」表記を採用していたようですが2002年6月27日から「キッチン」に戻したそうで、これも影響しているかもしれません。

    ◎エベレスト ⇒チョモランマ/サガルマータ ⇒エベレスト
    チベットとネパールの国境にまたがっている世界最高峰の山は従来から世界的にはエベレストと呼ばれてきたが、これはインド測量局長官だったジョージ・エベレストに由来しているとのこと。

    ところが近年の流れである”国名、地名、山名などは現地での呼称、本来の読み方を尊重する”ということに従って当初はチベット語で”世界の母神”を意味する呼称「チョモランマ」がマスコミに多く登場して主流になったが、

    これに対抗するようにネパールは1960年代から同国語で”世界の頂上”を意味する呼称「サガルマータ」を提唱し始めた。

    エベレストを指す中国語には「珠峰」などがあるものの中国国内でも“珠穆朗玛峰Zhūmùlǎngmǎ Fēng”(チョモランマ)と呼んでもいるので、最近は「チョモランマは中国名」という説明がネット上に多くなっているが、

    現在のチベットは中国の中の自治区という位置づけにされているので”チョモランマは中国語(チベット語)である”という説明も見られる。

    このような状況なので、NHKなどは「登山隊が中国側ルートで登る際にはチョモランマ、ネパール側からの場合はサガルマータと使い分けている」とのことだが・・

    一般的には、当たり障りのない「エベレスト」の表記が再び多くなってきた。

    ◎フランスの美術館展示物のチベット表記⇒消去⇒再表記
    最近、フランス国立の「ギメ東洋美術館」と「ケ・ブランリ美術館」の展示物表記から「チベット」の名称が消去された。

    『ギメ東洋美術館は「ネパール チベット」としていた展示室の名称を今年4月までに「ヒマラヤ世界」に変更。ケ・ブランリ美術館はチベットを指す中国語「西蔵」の発音にあたる「シーザン(XIZANG)」に修正していた。』

    これに対して先ず『チベットや中国を研究するフランス人専門家27人が仏紙ルモンドに批判文を公開した』

    その後『9月29日、在仏のチベット人やその支援者ら約100人がパリ中心の広場で、「チベットは存在する。歴史を尊重せよ」と唱えて抗議に集まった』

    抗議の背景には『(チベットの名称消去は)チベット自治区でチベット族の同化を進めていると指摘される中国政府の意向に沿う動きだとして反発と批判』がある。

    その後、『ギメ東洋美術館には中国側の圧力があったと公表され、ケ・ブランリ美術館は10月7日に「シーザン」の表記を削除し、中国と併記して「チベット」の地名を復活』した。 (以上『』内は朝日新聞より)

    ◎聖徳太子 ⇒厩戸王 ⇒聖徳太子(厩戸王)
    近年の教科書での表記で変更と混乱が生じているのが聖徳太子/厩戸王についてのこと。

    いつのころからか”聖徳太子は厩戸王(うまやどのおう)と言うのが正しい”というような説が広まり、

    2017年2月に文部科学省は”中学校の次期学習指導要領では、従来の「聖徳太子」を「厩戸王」に変更する”と発表したものの・・

    学校現場において混乱を招く恐れがあるとして、従来の表記に戻すことを3月に発表した。(なお、「鎖国」表記についても同様に復活させる)

    その結果、現在は・・小学校教科書では
    「聖徳太子」だけの表記。

    中学校教科書では
    「聖徳太子」(厩戸王) または「聖徳太子」(厩戸皇子)の表記が採用されている。

    ※ただし「厩戸王」よりも「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」の表記の方が圧倒的に多い。 

    「聖徳太子」(厩戸王) の表記採用の教科書を出版する帝国書院のHPによれば・・(以下《》)

    《「聖徳」とは厩戸王の没後におくられた名であること、また「太子」は「皇太子」の意味ですが、厩戸王存命時に、「天皇」や「皇太子」の呼び名や制度が成立している可能性はかなり低いことも、現在の研究では分かっています。

    このような状況から、「聖徳太子」の存在自体を否定する説もでています。

    しかし、その記述内容を分析し、ほかの史料と合わせてみると、「聖徳太子」のモデルとなった「厩戸王」といわれる実在の人物がいたこと、

    その人物が、奈良県斑鳩の地に斑鳩宮や斑鳩寺(法隆寺)を営むほどの有力な王族であったこと、

    中国の『隋書』などからも倭国に中国の太子に対応するような有力な王子がいるとみていたことなどは確実と言えます。

    そのため、現在では、推古朝において、蘇我馬子とともに厩戸王が政治を行ったというのが有力となっており、弊社でもその考えのもと、「聖徳太子(厩戸王)」と表記しています。

    同様に、宮内庁侍従職が保有する「唐本御影」は、聖徳太子を描いた最古のものと伝えられる肖像画で、これまで高額紙幣の肖像画や教科書でも「聖徳太子」として使用されていましたので、この画像が「聖徳太子」というイメージを人々に強く残しました。

    しかし、この絵と「聖徳太子」とを関連づける当時の史料がないこと、絵の画像の研究から、製作年代は早くとも8世紀(奈良時代)と考えられることなどから「伝聖徳太子像」として表記するようになりました。

    「聖徳太子」の研究は、聖徳太子自体が、信仰の対象であり、史料の記述も信仰と実際の事績が混在しているため、歴史的な「謎」につつまれた部分が多いのも事実です。

    しかし上記のような研究成果を反映し、高等学校の教科書だけでなく、一般の学術書にも「厩戸王」と記載する傾向となっています。

    参考文献:大山誠一 『〈聖徳太子〉の誕生』(歴史文化ライブラリー)吉川弘文館 1999年
         熊谷公男 『大王から天皇へ』(日本の歴史 第03巻)講談社 2001年
    ・・・・・・・・・・・・
    新聞の本文の文字大きさ(高さ)の変遷 (朝日新聞の例)
    意外に初期は文字大きく、終戦直後が最も小さかった。

    (紙不足で1949=昭和24年の朝刊は2ページしかなくて、小さい文字を詰め込んだ)

    1888(明治21)年創刊時   : 文字高さ3.7ミリ
    1940(昭和15)年    : 同  2.2ミリ
    1949(昭和24)年    : 同  2.0ミリ
    2011(平成23)年~現在 : 同  3.6ミリ (巾3.9ミリ=扁平)
    ・・・・・・・・・・・・
    不思議?! 何故か半世紀前に「キチン」表記の宣伝(三洋電機)
    sanyo-kitchen
    ・・・・・・・・・・・・

    ちょっと日にちが過ぎたが、11月28日は「太平洋の日」だそうで、

    1520年のこの日にマゼラン率いる船団は南米大陸南端の(後年命名された)マゼラン海峡を通過して太平洋に出たのが由来。

    最近よく教科書やマスコミなどでの“表記”が変わった例があげられていて、例えば「隠れキリシタン」が「潜伏キリシタン」に、「建武の中興」は「建武の新政」に、鎌倉時代開始は「1192年」から「1185年」になったりしていますが、その中でも”人名ではその人本来の呼び名、地名では現地での呼称を採用”した結果の変更も多く、「マゼラン」の表記変更もその一つ・・というわけで・・

    ◎人名呼び方変更

    「マゼラン」 ⇒ 「マガリャンイス」
    mazeran

    「マゼラン」は英語表記した場合の読みで、ポルトガル人の彼は「マガリャンイス」が本来呼称。

    マガリャンイスは世界一周を目標に航海始めたのが1519年。途中では船員の食料不足やビタミンC不足による壊血病発生(コロンブスの航海中でも発生していた)などで船団を離脱する船もでるなどの危機もあったが乗り越えた・・

    そこで新しく彼の名前を覚え直すには・・”曲がらん意志”の”マガリャンイス”と覚えたらいかがか?

    残念ながら彼は1521年に現在のフィリピンのセブ島まで到達した時点で原住民に殺されてしまったが、部下が航海を続けて1522年に成し遂げた。

    現在、ブラジル(ポルトガル語の国)のサッカー界には「マガリャンイス」という有力選手がいる!

    「フランシスコ・ザビエル」 ⇒ 「フランシスコ・シャビエル」
    syabieru

    「ザビエル」も英語読みで、スペイン人の彼の綴りはXavierまたはJavierなのでスペイン語ではハビエルなのだが、ややこしいことに彼の出身地は同じスペインの中でもバスク・ポルトガル語圏にあったので読みはシャビエル(シャヴィエル)。

    現在、ブラジル(ポルトガル語の国)出身のJ1サッカー選手に「シャビエル」がいる!

    「アレキサンダー(大王)」 ⇒ 「アレクサンドル(大王)」
    紀元前4世紀にヨーロッパからアジアにまたがる領土を広げたマケドニアの王の名を、昔の日本の教科書などは「アレキサンダー」とドイツ語由来の表記をしていたが、現在は彼の出身地であるギリシャでの呼称「アレクサンドル」となっている。


    「ネール」 ⇒ 「ネルー」
    neheru

    インドの初代首相。戦後、日本へ贈呈してくれた象の名前は氏の娘さんと同じ「インディラ」だった。

    ただし、インド国内では現政府がネルーの名前自体を教科書から消させている。(理由はここでは省略)

    「カルビン」 ⇒ 「カルヴァン」
    宗教改革の創始者であるルターは別格として、その他の改革指導者としてはツヴィングリとカルビンらがあげられる。カルビンはスイスで活躍したがフランス人であり綴りはCalvinで読みはカルヴァンとなる。

    ◎国・土地・山の呼称変更
    象牙海岸」⇒「コートジボワール」
    昔はアフリカの西部に在る港から奴隷連れ出しと象牙持ち出しが
    ヨーロッパ列強国によって行われていて、その後フランス領西アフリカになっていたが、1960年に独立後はフランス語の「コートジボワール」(意味は象牙の海岸)を名乗ってはいたものの世界各国では何故かその国名を意訳していて、日本では(カタカナではなく)「象牙海岸」と称していたが同国が各国に対して意訳国名をやめるように要請したため、2003年に日本では正式に「コートジボワール」採用を決定したもの。

    「イギリス領ギアナ」
    「ガイアナ協同共和国」
    「オランダ領ギアナ」「スリナム」
    「フランス領ギアナ」フランス領ギアナ」(変更なし)
    南米大陸北端部でカリブ海に面してベネズエラの東隣に寄り合うように存在する三つの国は、元々現地語で「豊かな水の地」を意味する「ギアナ」地方にあり、ヨーロッパの三国の植民地だったが英領は1996年に「ガイアナ協同共和国」になり、蘭領は1975年に「スリナム」となった。

    通例では国名や地名が改称する場合に、英語読み名から現地語読みに変わるものだが「ガイアナ」の場合は逆に現地語から英語読みになった珍しい例ではないか。

    ベネズエラからこの三国にかけて存在する「ギアナ高地」に「ギアナ」の呼称は残っている。

    「ビルマ」 ⇒ 「ミャンマー」
    「ビルマ」はオランダ語由来。元々ビルマ語では「ミャンマー」表記があったものを1989年に正式採用。

    若い人は「ビルマの竪琴」という小説と映画の題名にピンとこない?

    「キエフ」 ⇒ 「キーウ」
    「チェルノブイリ」 ⇒ 「チョルノービリ」
    「オデッサ」 ⇒ 「オデーサ」
    「ドニエプル」 ⇒ 「ドニプロ」
    この4例はいずれもウクライナの地名をロシア語からウクライナ語に変換したもので、このカタカナでの表記を採用すると日本の外務省が2022年に決定し発表した。

    ムソルグスキー作曲の10曲からなる組曲「展覧会の絵」の最後に登場する曲が「キエフの大門」と従来言われて慣れ親しんだ部分をキーウでは違和感ありとする人が多い。

    1986年にチェルノブイリ原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が起きたがこの場所は現在のウクライナの北部にあるゆえにウクライナ語の呼称に変更。

    「セイロン」 ⇒ 「スリランカ」
    セイロンの名は紀元前のこの島に存在した王族が呼んだ島名が訛って最終的に英国人が称したものだが、1972年に現地語で「光り輝く島」を意味するスリランカに正式変更。

    「セレベス」 ⇒ 「スラウェシ」
    インドネシア共和国を構成する島の一つで”ヒトデ”の形をしているので地図見てもすぐわかる。

    セレベスはオランダ領だったこともありオランダ語による呼称であったが戦後の独立にともなってスラウェシと呼ぶようになったが実情は世界的にみても呼称変更が認識されていなかったようで・・

    私の小学生時代の昭和30年代中頃でも日本製の世界地図や書籍にはセレベスの表記だった。

    そしてこの島の原産である「セレベス」芋には名前が残っている。

    indonesia

    「ボルネオ」 ⇒ 「カリマンタン」
    スラウェシの西隣りにある”腹の出たタヌキがしゃがんで右を向いているような形”の島。

    「エアーズロック」 ⇒ 「ウルル」
    uluru

    オーストラリアにある巨大な一枚岩の山で高さは348m。 「エアーズロック」は英国の探検家が名付けたものとされ、「ウルル」は先住民のアボリジニの呼び名であることから、最近は後者の表記が主流。

    「マッキンリー」 ⇒ 「デナリ」
    北米大陸最高の6190mの山で「マッキンリー」は米国大統領の名前が由来。「デナリ」は元々先住民による異なった呼び名がいくつかあるので、それをアレンジした表記として採用し、2015年に正式決定された。

    世界的に有名な日本人探検家の植村直巳氏が遭難した山でもある。

    「グルジア」 ⇒ 「ジョージア」
    元々のグルジア民主共和国がソ連邦に併合されていたがソ連崩壊後に再度独立して、さらにロシアと国交断絶してロシア語由来の読み方の「グルジア」をやめて、従来から欧米と日本の一部で呼ばれていた「ジョージア」を採用するよう各国に要請が出されて日本では2015年に変更した。

    ◎人名の訂正

    「リーガン」 ⇒ 「レーガン」
    regan

    このアメリカ合衆国の元大統領は、それ以前の映画俳優時代から大統領予備選挙時点までは「リーガン」と名乗っていたが、大統領候補指名を受けると「自分のルーツのアイルランド流の読み方に変える」と宣言して以後「レーガン」とした。

    「みなかみつとむ」 ⇒ 「みずかみつとむ」
    t.mizukami

    水上勉氏は戦後に小説家として名前を成してからしばらく1987年頃までは出版業界や一般人からは「みなかみつとむ」と呼ばれていたが、戸籍上の読みは 「みずかみつとむ」であることを公表したので、以降はこの読み方が定着した。

    「リザ・ミネリ」 ⇒ 「ライザ・ミネリ」
    liza-mineri

    アメリカの女優・歌手である彼女がまだ日本ではあまり知られていない時期には、日本の一部マスコミでは「リザ・ミネリ」と読んで紹介していた。

    彼女の母親は映画「オズの魔法使い」でドロシー役で主演したジュディー・ガーランド、父親は映画監督のヴィンセント・ミネリ。

    お話ちょっとそれますが・・
    「オズの魔法使い」でドロシーが履いていた(通称)「ルビーの靴」は数足が作られていて、その内の一足が、つい先日12月6日に、あるオークションで2800万ドル(日本円で約42億円)で落札されたとのこと。

    ◎民族名の呼称変更

    「インディアン」 ⇒ 「ネイティブアメリカン」

    「エスキモー」 ⇒ 「イヌイット」
    ・・・・・・・・・・・・
    次回は、エベレストなど”一度は呼び名・名前が変わったものの再び戻った(ような)例”をあげてみます。
    ・・・・・・・・・・・・

    このページのトップヘ