徒然G3(ツレヅレジイサン)日話秘話飛話

兼好法師ならぬ健康欲しい私がつれづれなるままに お伝えしたいこと綴ります。 時には秘話もあり!

    ジャンルは不特定で硬軟織り交ぜながら 皆様に何かお役に立てば幸いです

    2024年10月

    「チャー」という音が今日も我が家の前から聞こえる。だいたい1日に3~4回。
    それはアイドリングストップのクルマからの音。

    そこで思い出すのは私の昔の苦い経験・・それをご披露する前に・・

    ◎アイドリングストップとチャー音
    (クルマを運転しない人のために説明しますと)アイドリングとは、クルマが走行停止時でもエンジンは止めないで動かしている状態のことで、

    これに対して、クルマが走行停止するたびにエンジを(自動的に)停止するのがアイドリングストップ。

    実際には、アイドリングストップ機能を備えたクルマ※が交通信号や交差点で、また歩行者がいる横断歩道の手前で、あるいは渋滞で一旦停車する場合にこの機能が働き、一旦停止したエンジンはアクセルペダルを踏めば再び始動してクルマは走り出します。
    oudanhodou-mae
    ※ただし、アイドリングストップ機能はスイッチ切り替えによって、それを働かせないで一時走行停止時でもエンジンがストップしない選択もできるようになっています。

    アイドリングストップ機能の解除スイッチボタンの一例 (「乗りものニュース」より)
    i-stop-switch

    冒頭の「チャー」※という音は、アイドリングストップのクルマが一旦停止した次に再び走り出す際に出る音で、実はそれ、エンジンの音ではなくてスターター(エンジンを動かし始めるための装置)の音。

    ※「チャー」音は単純ではなく、言葉で表現するのが難しく、各社・各車違うようでもあるので”チャーのような音”としました。

    我が家は住宅地の中の4メートル道路どうしが交差している角地にあり、信号は無いのですが一時停止標識とともに道路上に停止線があるので、アイドリングストップのクルマが一旦停止した後に発進する際に「チャー」音を聞くことになるもので、
    stop-board
    近年のクルマのエンジン音は静かなので(我が家の中に居ては)この音は聞こえずにスターター音だけが聞こえるわけです。

    ◎最近はアイドリングストップ機能廃止の流れ
    アイドリングストップは燃費向上やエンジン音の騒音防止に効果があるとされて、今から20年前頃からこの機能付きのクルマが多く生産されてきましたが、

    最近になってホンダ、トヨタ、ダイハツなどの自動車メーカーは、 ガソリン車のアイドリングストップ機能を廃止し始めて、例えばホンダではミニバンの「フリード」、小型ハッチバック車「フィット」、小型SUV車「ヴェゼル」などは従来は付いていたこの機能を廃止して、小型SUV「WR-V」は最初からこの機能を不採用。

    honda-cars
    フリード(左) / フィット(中) / ヴェゼル(右)

    トヨタでは小型ミニバン「シエンタ」、小型ハッチバック車「ヤリス」など。

    toyota-cars
     ↑シエンタ(左) / ヤリス(右)

    ◎アイドリングストップ機能廃止の理由
    ・アイドリングストップのクルマは一時停止状態から動き出すまでにちょっと”もたつく”。それはアイドリングストップ機能無しのクルマと比べると、”スターター装置が動く時間の分”が余分にかかるから。
    この“もたつき”を嫌う人も少なくないし、安全上 瞬時に発進したい時などには困る。

    ・一旦停止から発進する際の音”チャー”と同時に起こる車体の振動が嫌われる。

    ・アイドリングストップ機能の有無による燃費向上の差が少なくなった。この機能導入開始の頃に比べるとクルマ自体の燃費が向上してきたため、今やこの機能の有無による燃費の差は1リッター当たり1km以下とも言われる。

    ・アイドリングストップのクルマのバッテリーは負荷が大きくかかるために、より高性能な専用品が使われ、しかも寿命が短め。

    したがってこのクルマの持ち主は高価なバッテリーを短期間で買い換える必要が出てくる。そうなるとアイドリングストップで燃費節約、石油資源節約となるものの、専用バッテリー製造にかかる資源やエネルギーコストが余分にかかって環境マイナス要因となってしまう。

    ◎58年前に私がアイドリングストップを実行した結果は?
    1966(昭和41)年のこと、私は東京都の練馬区(あたりだったか?)の道路をクルマで走行中に、ふと”ガソリン代※を節約するためには信号待ちをする間はエンジンを切ってみよう”と思いついて、信号待ち毎に (当時のことだから)手動でエンジンキーを回して切っては、青信号で発進することを繰り返したところ、

    5回目(だったか?)で、発進しようとキーをまわしたら「クウッ・クウッ・クウッ」という音がし始めてエンジンがかからないので、「これはまずい!」とあわててキーを何回かまわしてみたら何とかエンジンが動いた。

    同時にこれはバッテリーに負担がかかった結果と悟って、すぐにこの”アイドリングストップ”行為を中止したのでした。これは私の”苦い経験となりました。

    東京都内のことなので200メートルくらい走行してはエンジンを停止してはまた始動したりを繰り返したのがいけなかったわけで、

    クルマというものは発進時にスターターが働いてバッテリーの電気を喰うものの、その後の走行中のエンジンの回転を利用したダイナモ(発電機)で発電した電気をバッテリーに充電するシステムになっているので通常は問題ないのですが、

    200メートル走行ごとにバッテリーの負担を繰り返せば、その間の充電が追い付かなかったのです。まあ昔のことでバッテリーの性能も現在よりも若干劣っていたかもしれませんが・・

    この経験がある私は、近年にアイドリングストップのクルマが登場したのを知った際に「これはバッテリーに負担がかかるはずだから大丈夫なのかな?」という心配をしていたところでした。
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    当時はレギュラーガソリン1リッター38円前後でした。但しサラリーマンの初任給が現在の約1/10だった時代のこと
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    ある日のこと、私の知人の身に、見たことも聞いたこともない症状が現れて慌てる事態が起こった。その状況は後述しますが、思い起こせば私自身も昔に似たような経験をしていたもの。それは・・

    ◎「一過性全健忘症」 !
    何の前触れもなく突然、脳の中で記憶する機能が停止して、その状態が30分~24時間続き、また突然に正常に戻るのだが、その間の記憶は完全に無いという症状が「一過性全健忘症」。
    この症状の原因は現代医学でも解明されておらず、40才代~70才代に多く現れ、どちらかと言うと男性のほうが多いそうで、さらに不思議なことにこの症状は一生の内に二度と現れないのだそうだ。

    ◎突然発症、突然消滅の実際 !
    その日、私と知人Aさん(70才代・女性)とBさん(40才代・男性)の3人はクルマで千葉市に在るスーパー銭湯に行き・・

    浴後に揃ってそこの食事処で早めの昼食を始めようとした際に、Aさんが突然に「(脱衣)ロッカーに忘れ物をしたみたい」と言って確認しに行ったが、暫くして無表情で戻ってきたと思ったらまた「忘れ物がある」と、同じような事を言って同じ行動をして同じような顔つきで戻ってきた。それは午前10時半ころのことだった。
    doubt-ninti
    私とBさんはAさんが2回目の同じ行動をして席をはずしている間に「これはおかしい。急に認知症が出たか?」と言って動揺したが・・

    Aさんが再び戻ってきた時には料理が運ばれてきていたので、Aさんにも「とりあえず食べよう」とうながして、途中(内容は忘れたが)二言三言の会話しながら食事を終えたところで、Aさんの行動の安全を考えてそこでの入浴を切り上げて・・

    次に皆でやはり近くのスーパーマーケットで買い物をしたのだが、今度はその店内を巡りながらAさんは「何か無くなったような気がする」と言って持っているバッグの中に手を入れてしきりに何かを探る動作。これを20分くらいの間に3回繰り返した。

    最後に喫茶店でコーヒーを飲んでいる最中には、Bさんに向けて「○○さんは元気なの?」、「○○さんの次の勤め先は決まったの?」(※○○さんはBさんの奥様のことで、転職先を探していた)・・という問いを発するのでBさんはそれに答える・・という同じやりとりを、これも20分くらいの間に3~4回繰り返した。
    words-repeat
    Bさんはこのような場合の対応を心得ていて、Aさんが同じ問いを繰り返しても、決して「それはさっき言ったでしょ」とは言わずに普通に返答を繰り返した。

    さて、ここでそれぞれ帰宅することになったがAさんの現状では放っておけないので私がAさんの自宅までクルマで送ることになった。

    車中でもAさんはまた「○○さんはどうなったのかな?」という言葉がまた出たほかはあまりしゃべらなかったが、クルマがAさん宅に到着する10分前くらいになって、急に元気な話し方になってよくしゃべるようになった。実はAさんはこの異常状態になってからは話し方に覇気が無く、従来の大声気味も消えていたのだが、どうやら元に戻ったと感じた。その瞬間が訪れたのは午後3時半ころで、発症から約5時間経っていた。

    こうして私はAさんを送り届けたが、Aさんの言動はまったく普通に戻っているようで不思議に思いながらも安心した。

    後日、会ってみたら会話も体の動きも以前と全く変わらないので、あの異変があったことが信じられない思いだった。

    revival

    しかし、あの日の5時間分の記憶はまったくないそうで・・
    ・浴場にあった何種類かの浴槽とサウナのどれに浸かったが記憶に無い。
    ・二度もロッカーに行って捜し物をしたことの記憶は無い。
    ・食事で何を食べたか記憶に無い。(本人曰く「だからせっかく美味しいものを食べた意味がなかった!」)
    ・歩きながらバッグの中の捜し物をした記憶無し。
    ・喫茶店に入ったこと自体が記憶に無い。
    no-memo

    ・・ということだが、その間に私が見たAさんの動作は・・しゃべり方は(多少覇気がなかったが)まあ普通で、ろれつが回らないことも無く、食事動作も普通で、歩いてもふらつきなど無い状態だった。

    しかも前述のように、記憶機能に関しては今回の発症前の記憶は消えていなかったから、それまでの心配事だった”○○さんの近況”を問う言葉が出たりしていた。     

    しかし当然のようにAさんは翌日に病院でMRI検査もしての診断をしてもらった結果は・・「一過性全健忘症」と言われたとのこと。

    お医者さん曰く「この症状の原因は解明されておらず、海外で若干の研究結果が発表されているものの信用はされていない状況です。ただこの症状は一度はあっても二度とは現れないとされていて、現に私がこの症状を診た数人の中にも、二度受診に来た人はいませんよ」・・だったそうです。
    in-hospital

    後から私は思うに、最初は”ああ、認知症になったか?”と思えたこの症状ですが、明らかに認知症とは違うのであって・・
    (1)認知症はゆっくりと現れるのに対して「一過性全健忘症」は突然発症。
    (2)認知症は記憶力が決して元に戻らないのに対して「一過性全健忘症」は完全に元に戻る。

    ◎ひょっとして、これが誘因か?
    ちょっと"伏線回収"的になりますが、ネットで調べると"一過性全健忘症の根本原因は不明だが、この症状が起きやすい状態、言い換えれば誘因”と考えられる例がいくつかあげられていて・・精神的ストレス時、過度な飲酒時、特定の薬や違法薬物摂取時、性交時、排泄のための"いきみ"時、そして突然の高温湯や冷水に浸かった時などがあるとされる。

    この最後の項目の"高温湯と冷水"というのは、前述のようにスーパー銭湯に入ったAさんに当てはまるかも知れない。もしかして高温サウナの直後に冷水浴槽に入ったかもしれないが、なにしろご本人の記憶が全く無いのでこれ以上確認できないが、有り得ることと考えられます。

    とにかく「一過性全健忘症」という名称が存在するということは、この症状が珍しくはないということで、これが一人暮らし、そうでなくとも一人で部屋に居る時、クルマの運転中などに発症すれば危険を招く恐れがあるものなので、この「一過性全健忘症」というものがあることは皆さん認識しておく必要があるでしょう。

    ◎私が昔に経験した”一時的記憶消失”?
    今から約半世紀前のことで、もう時効だからお話しますが・・私は深夜の酒気帯び運転の最中に全く記憶が無い状態があって、あやうく昇天(悪いことしているから天国は無いか?)するところで覚醒したことがあり、これは前出の「一過性全健忘症」と似るものの、原因が明らかであるから違う話ですが、絶対にやってはいけないと自戒をこめて・・

    1976(昭和51)年のこと、ある夜に私は当時住んでいた兵庫県加西市から大阪府寝屋川市に在る(知人が経営する)スナックに向けて、(免罪符にはならないが)”若気の至り”で無謀にもクルマで行き、サントリーオールド(ウイスキー)の水割りを2杯(だったか?)飲んで、帰ろうとしたのが深夜2時ころ(だったか?)。
    in-snack

    普段ならこれぐらいのアルコール量なら酔わないのだが、深夜の睡魔を想定していなかった状態で、再びクルマに乗って走り出したところまでは覚えているが・・

    ふと気が付いて(後から考えると、居眠り状態から目が覚めて?)バックミラーを見ると、直ぐ後ろを走っている大型トラックがさかんにライトを上向きと下向き交互に切り替えて私のクルマに注意を与えているではないか!

    事の重大さに気が動転しながらもクルマを路肩に一旦寄せてまず反省の念が頭の中を支配したが10分ほど気持ちを落ち着かせながら休み、再びクルマを走らせたが今度は頬をつねったり、叩いたりしながらなんとか帰り着いた。

    後から思い返すと、スナックからの帰りには最初は一般道を走り、次に中国自動車道へ入るのだが、いくつか在る入り口のどこから入ったのかからして記憶に無い。

    実は帰路の全走行距離は約70キロで、その内のおよそ60キロが中国自動車道の走行であり、”走行中にふと我に戻った”のは大阪の吹田インタチェンジから入ったとして約50キロも走っていた地点であり、時間にして約1時間だろうか、その間の記憶が全く無いという恐ろしいそして馬鹿な行動”酒気帯び居眠り運転”でありました。
    drunken-drive

    助かったのは信号のない自動車専用道路でしかも元々交通量が多くない中国自動車道の深夜なので他のクルマが極端に少なかったからでしょう。そして幸か不幸かパトカーがいなかった。
    pat-car
    もしもの結果になっていれば私はここでこの報告もできないことになっていたものの幸い生きているので、あえて”愚行の見本”の一つとして述懐する次第です。
    crash
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    P.S. タクシーの運転手さんから教えてもらった話では「酔っ払い運転のクルマは、走行のフラつきよりも、走行スピードが一定しないほうが多い」ということなので、昔の私の愚行運転も走行スピード不安定で注意喚起されたのでしょう。
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