※前回の”円周率に関するちょっとした間違い情報”に続いて今回はトランジスタテレビに関してです。
今や、わざわざ「トランジスタを使用したテレビ」なんてメーカーは言いませんが、世の中にテレビが登場してしばらくは、その中身に真空管が使われていたところに、今から60余年前、その真空管に代わってトランジスタというものが使われだしました。その結果、テレビは一気に小型・軽量・省電力で熱もあまり出ないものになりました。
そのトランジスタ化したテレビの登場にかかわるちょっとした誤報を、ご紹介します。
◎某「デザイン評論家」氏の間違い
氏は30冊以上の著作物がありますが、昭和60年代末頃に出版されたある本の中で、近代デザインの流れを紹介している分部があり、事例の一つとして「最初のトランジスタテレビ」をとりあげて、その写真も添えているのですが、これが間違っているのです!
何が間違っているのか・・それは掲載写真がソニーの「マイクロテレビTV5-303」型のものだったからで、このテレビはソニーのトランジスタテレビとしては2番目のもので発売は1962(昭和37)年。
最初の機種はそれより2年前の1960(昭和35)年に登場した「TV8-301」だったのです。
寸法:縦18、巾20、奥行21.5センチ/重量6キログラム
・・というわけで、著名な評論家の著作本ゆえに、これを信じた人が多いでしょうが、その後何らかの方法で訂正されたのでしょうか?
右から2番目の最小のもので黒い本体部の直径5.5ミリ、高さ8.6ミリ
さて、ここで初期のトランジスタテレビについては誤解をまねく状況があったので、結果として誤報が生まれたことなどを紹介しましょう。
◎世界初のトランジスタテレビは「モトローラ」社が発売
発売は1958年。「モトローラ」社は米国の電気メーカーで現在はレノボ傘下になってスマホを製造していますが、昔はテレビやトランシーバ、そして世界初の携帯電話を作り出した企業。ついでながら、昨年まで私のパソコンへつないでいたルーターもモトローラ製でした。残念ながらその世界初のトランジスタテレビの姿や詳細が私には見つかりません。
◎世界で2番目のトランジスタテレビは「フィルコ」社が発売
発売は1959年。「フィルコ」社は自動車のFORDの子会社としての電気メーカーだったが、現在は英国のブリタニア社に買収されてスマホなどを生産している。この会社のトランジスタテレビ「H2010」は当時の日本でも注目されて、電気・電子関係の雑誌にはその詳細仕様とともに回路図まで紹介されていた。(回路図に興味ある方は、当編の後部に掲載しましたのでご覧ください)
画面方式はブラウン管を本体内で縦に配置して、天を向いている2インチ画面をミラー(マジックミラー使用という説明もある)反射させると同時に拡大させて前面から見えるようにしたもの。
寸法:縦42、巾21、奥行15センチ/重量:7キログラム/全面レザー張り
引用元:①「ラジオ少年の博物館」のブログ、②ヤフオク出品物、③「真空管テレビ工房」のHP)
◎「直視型」トランジスタテレビではソニーが世界初
「直視型」とは、ブラウン管の画面が直接見られる、いわば一般的なものを言い、先述のフィルコ社のトランジスタテレビのようにミラーを使った反射映像を見るタイプに対する形式。
それゆえに、(ネット上で散見されるような)ソニーのTV8-301型を単に「世界初のトランジスタテレビ」とする言は正確ではないことになる。ソニー自身も「直視型として世界最初」と表現している。
◎発売時に世界最小・最軽量だったソニーTV5-303型
ソニーのTV5-303型の寸法は、縦11、巾19.4、奥行き18.6センチ/重量3.7キログラム。
発売の1962年時点では世界最小・最軽量を誇った。
ひょっとすると前出の評論家氏は”「世界最小」を「せかいさいしょ」と聞き間違えていた”のかもしれません。
◎初期のトランジスタテレビは真空管も使われていた
「トランジスタテレビ」と称していたが、初期には日米のメーカーは例外なく真空管も混ぜて使っていて、今風に言えば「ハイブリッド」だった。ブラウン管も真空管の一種であるがこれは別として、当時はテレビ内部の”高圧電流の整流”用には2本または3本の真空管を使わざるをえなかった。(この稿の最後部に掲載の回路図参照ください) 後年、大電力用半導体の開発や回路設計の改良などで真空管は使われなくなりました。
・・というわけで、「オールトランジスタテレビ」という表現も昔はあったが、今なら誇大広告とされかねないので使われないでしょう。
(図は「廣田恵介」氏のツイッターより引用)
余禄(1)「石」の呼称は「トランジスタ」か「トランジスター」か?
トランジスタは日本では「石(いし/せき)」とも呼ばれ、例えばトランジスタを6個使ったラジオは「6石(せき)トランジスタラジオ」と称した。ソニーのTV5-303型テレビは25石を使っていた。
トランジスタは日本に登場した当初からは「トランジスター」と語尾を延ばした表記がされていたが、その後(私は時期を把握できていないが)、「外来語をカタカナにした場合に3音以上になり、しかも語尾が延びる単語は、語尾の長音符号は省略する」という決まりができて、1960年台前半頃まではまだ「トランジスタ」と「トランジスター」の表記が併存していたものの、さらにその後は「トランジスタ」呼称のみとなった。
しかし、2008年にJISの改定によって長音符合を付けた表記も認められたそうです。
余禄(2)フィルコ社のユニークな真空管式テレビ
フィルコ社はブラウン管部を独立させたユニークなデザインの機種をいくつか発売し、下の写真の他に四本脚を備えたものもあった。これらのテレビは当時の日本でも盛んに紹介されていた。
余禄(3)ソニーTV5-303発売直後の電気雑誌グラビア記事
よく見るとテレビ画面のはめ込み合成と思われる写真には”プロ野球のジャイアンツの大スター背番号3の長嶋茂雄”選手の姿。(顔を見なくても私の年代ならこの姿だけで判断できる) 発売当時イコール長嶋選手活躍時代だったことがわかる。
余禄(4)Appleのスマホは160億石?
現在のアップルのスマホ「iPhone14Pro」にはトランジスタが約160億個使われているそうで、かつてのソニーのテレビ5-303は25個だったから、実に6億4千万倍にもなる!
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以下は各社の初期のトランジスタテレビの回路図の紹介なので、ご興味無い方はスルーして下さい
余禄(5)各社初期のトランジスタテレビ回路図
昔はテレビ、ラジオ、アンプなどのメーカーは自社製品の回路図を公開していたので、電気関係雑誌社は出版月刊誌の中で回路図をよく掲載していたし、「○○回路集」の本も出版していた。
《フィルコ「H2010」回路図》(クリックで拡大)
回路図の中で”右下で縦に二つ並んでいる丸型の記号”が真空管。(つまり真空管は2本)
(以下、3件とも「実用トランジスター回路集」(誠分堂新光社「無線と実験」昭和38年6月号臨時増刊より)
《ナショナル「T9-21R」回路図》(クリックで拡大)(真空管は3本)
《サンヨー「8-P3」回路図》(クリックで拡大)(真空管は2本)
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