水素利用自動車が登場しているが、クルマそのもの以前に水素自体の生成コスト高、それと密接な関係の環境負荷の大きさ、関連インフラ不足などの理由で、現状ではLPガス自動車の方がマシという声も聞かれるが、今後に水素生成が再生可能エネルギー利用でまかなえるようになるなどすれば、水素利用状況は好転するようだ。
↑トヨタ「MIRAI」
◎水素危険視の誤解
もう一つ、水素利用の伸展にブレーキをかけていると言われるのが、”水素爆発の危険”意識であるが、これは過去の水素爆発事故の原因への誤解から生まれているそうだ。
水素は”空気中と混じった場合に、水素が4%~75%、酸素が5%の状態のときに燃える気体となる”また”自然発火点は527度ではあるものの、それ以下の常温でも極小の火(静電気火花など)で着火する”という特徴があり、この二つの状態が揃えば爆発的燃焼に至る。しかし水素は最も空気より軽いので、解放空間で水素を放出してもすぐに拡散して4%~75%の混合気になることはまずないので、爆発的燃焼が起こる機会は無いに等しくなるのだそうだ。
つまり過去の爆発事故は、前記の悪条件が揃った中で起こったものであり、その対策さえすればプロパンガスやガソリンと危険性は変わらない。むしろプロパンガスやガソリンは空気より重いので床や地面に滞留してしまうので、着火すれば、こちらの方が危険。
さて過去の水素爆発事例だが、事故発生原因は総じて”密閉空間の中で充満状態の水素がまとまって一気に空気中に放出されて、水素が拡散する前に着火したこと”が原因だ。以下にその事例をあげてみる。
◎水素入り風船がバス内で爆発、車掌が火傷
今から60年前の1960(昭和35)年に発行の雑誌「電波技術」9月増刊号が、まだ私の手許にあるが、その誌中に次のような新聞記事紹介と解説がある。
『横浜市鶴見区のバスの停留所で降りようとしたご婦人の持っていたゴム風船が降車口の手すりに触れた途端に爆発して、車掌が顔や手に1週間の火傷を負ってしまった。警察が原因解明を横浜国立大学に依頼した結果、「犯人は静電気」とされた。当日は比較的好天気で湿度が低い中で、ご婦人はデパートでもらった風船を混みあったバスの中で持っているうちに衣服どうしが擦れ合ってゴム風船に静電気が帯電してしまった。ご婦人が足袋と下駄を履いていたために静電気はバスの床には逃げなかったのだ。』これは、水素で満たされたゴム風船がバスの金属製手すりとの接触した際に静電気放電火花が発生して、ゴムが裂けると同時に充満していた水素が一気に空気(酸素)と触れ合うことで爆発条件が整って引火爆発となったわけである。
↓昭和35年の雑誌「電波技術」9月増刊号記事
↓記事に添えられたマンガ
当時のゴム風船には水素が使われていたゆえの事故だった。
当時のゴム風船には水素が使われていたゆえの事故だった。
◎水素充填の飛行船ヒンデンブルク号爆発
1937年5月6日、ドイツのツェッペリン社製の飛行船「ヒンデンブルク号」が米国ニュージャージー州レイクハースト海軍航空基地に着船寸前に投下したロープの先端が接地したが、飛行船本体に帯電していた静電気の放電火花が地面側との間に発生せずに、本体後部とロープの接触部で発生したために、まず船尾付近の船体外皮に着火したが、その外皮は”アルミと酸化鉄の混合粉末※を含んだ塗料”を塗布した布”であって燃えやすかった(ツェッペリン社は事故後にその欠点に気が付いた)ので、寸時に燃えだして、ほぼ同時に機体長245mに含まれた20万立方メートルの水素を充填した袋に着火し、充満していた水素が空気に触れだして爆発条件が整い、爆発。30数秒で墜落して、乗員・乗客35人と地上要員1人の計36名が死亡した。
実はヒンデンブルク号も安全なヘリウムを使いたかったが、当時ヘリウムを独占的に産出していた米国が、ナチス台頭のドイツへのヘリウム輸出を禁止していたためにやむなく水素を使用していた。
事故直後は原因は単純な水素爆発によるものとされたが、その誘因があったことが解明されたのは1997年にNASAの水素担当専門家によってだった。
※アルミと酸化鉄の混合粉末は着火するとアルミが鉄の酸素を奪う、つまり還元作用を起こし、両者を液状にするほど高熱と光を出す。これは”テルミット反応”と呼ばれる。
↓爆発炎上するヒンデンブルク号
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/より写真引用
↓ありし日のヒンデンブルク号
http://www.seizando.co.jp/blog/sales/archives/3767より写真引用
↓爆発炎上動画(有名な ”実況アナの絶叫・涙声” あり)
◎福島第一原子力発電所の水素爆発事故
2011年3月12日~15日にかけて3棟で起こった水素爆発で厚さ1m以上のコンクリート壁も崩壊するほどで、放射性物質はここからも飛散した。炉心メルトダウンにともなって発生した水素が”放射能漏れ防止のために超密閉空間である建屋”に充満した結果、何らかの発火エネルギー(未だに発火源は不明)が加わって爆発にいたったもの。
以上のように、いずれにせよ水素は基本的には取り扱いに注意が必要。というわけで水素自動車はともかく、現代の風船や飛行船には水素ほどは軽くないが爆発しないヘリウムが使われる。ところが・・
◎ディズニーランドの風船消えた!?ヘリウム問題
私は以前、通勤にJR京葉線を使っていて、夜に東京駅のコンコースから京葉線ホームに向かうには徒歩6~7分の長い通路を歩くのだが、その途中の天井には時々風船がへばりついていたもので、京葉線の舞浜駅が東京ディズニーランドの乗降駅なので、そこからの帰りに通るこの通路で子供(とは限れない)が風船の紐をうっかり離してしまったのであろう。
しかし、そのようなシーンがだんだん減り、最近は見なくなったと感じていたところ、昨年2019(令和元年)の大晦日の朝日新聞に「ディズニーランド 風船が消えた日」という表題の記事が掲載された。それによれば・・
『風船や病院の磁気共鳴断層撮影装置(MRI)、半導体製造、JAXAの研究観測用の気球などに欠かせないヘリウムガスが供給不足に陥っている。大半を産出する米国が自国での消費を優先したこともあり、価格が高騰して日本への輸入が激減。ディズニーランドでは売り場に風船を並べられない日が発生している。その月用のヘリウムガスの在庫がなくなったためで、近年は月に数日間は販売中止となっている』
「水兵リーベ僕の船・・」や「水兵離別バックの船・・」などと語呂合わせで、理系の人が暗記した元素周期(律)表で先頭が水素、2番目がヘリウム。双方はこの宇宙の中で存在量の多さでも1番と2番。ところが水素は基本的にはどこの国でも生成可能なものだが、ヘリウムは実際には天然ガス採取の際に副産物的に得られるもので、現在のところ、産出は依然トップの米国の他に数か国で、その総量も少なく世界的に供給不足。そこに”America First”なのか先行きを悲観した米国のガス会社がヘリウムを買い占めたから状況はさらに悪化。このような状況の中、すこし楽しいニュースが・・
◎イグ・ノーベル賞に「ワニにヘリウム吸わせた実験」
今年2020年9月17日にイグ・ノーベル音響学賞が、京都大霊長類研究所の西村剛准教授、ルンド大(スウェーデン)のステファン・レバー博士らのチームに授与された。受賞対象となった実験は、中国の固有種のヨウスコウワニにヘリウムガスを吸わせて、”ワニの発声メカニズムは(人間などと同じ)「共鳴型」”であることをつきとめたからで、ちなみにカエルの発声は「振動型」。テレビのニュースでは“ワニがヘリウムを吸う前と吸った後の声の双方”を流したが確かにアフターは声が高音になっていた。人間がヘリウム吸って”ドナルドダック声”になるのと同じだ。これで日本人の受賞は14年連続だそう。
↓ヨウスコウワニ(ジム・ダーリントン氏提供写真)
↓ワニにヘリウムを吸わせる方法(朝日デジタルより引用)
↓西村准教授(朝日デジタルより引用)
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