今回も”挿絵、口絵など、純粋絵画ではないが大切な絵”シリーズ続きの第3弾で、子供も大人も”ワクワクさせるような絵”とそれを描く”絵師”たちをとりあげます。(文中、敬称略)
絵師たちの絵というものは、それを見る立場の人に向けて、”あるモノやシーン”、 例えば、まだ存在しないモノの姿、未来世界のシーン、物語や小説での場面、などを可視化(ビジュアライズ)、今どきの言葉で言えば”見える化”するためという役目を負って描かれる。
今回に登場の絵は、すべてひと昔前のものなので、CGではなく絵師という人間の手描きですが、優れた知見による想像力や再現能力が発揮されていて、それは単に現在の効率的描画のツールであるCGを使っただけでは成しえないものであり、結局は絵師の一種の人間力が魅力を感じさせるのでしょう。
《未来を「見える化」した絵師たち》
◎シド・ミード (1933~2019)
米国の工業デザイナー、イラストレーター、コンセプトアーチスト。フォード社のデザイナーを経て独立し、ソニー、フィリップス、ホンダの製品デザインも手掛けたが、映画関係の仕事も多く、例えば「ブレードランナー」の背景から乗り物、小物まで、「トロン」のバイク、「∀(ターンエー)ガンダム」のメカニック外観などのデザインを担当した。
↓以下画像11枚は(※印の8枚目を除き)画集書籍「SYD MEAD TECHNO-FANTASY BOOK」(講談社 発行)より


↓「∀(ターンエー)ガンダム」向けの初期提案図(※シドミード展より)

私が初めてシド・ミードの絵を見たのは半世紀以上前になる1966年。友人が米国のUSスチール社から取り寄せた同社の企業広告パンフレットに、シド・ミードが描く"鋼板の利用で開く未来"を想像した絵が数枚使われていた。それは夢が現実のように感じられるリアルさで衝撃的だった。
◎小松崎茂(こまつざきしげる:1915=大正4年~2001=平成13年)
◎小松崎茂(こまつざきしげる:1915=大正4年~2001=平成13年)
戦前から活躍したが、戦後間もなくは西部劇調やSF冒険活劇などの絵物語を描いて、後にはいわゆる「空想科学」的な絵を得意として、雑誌の口絵や折り込みページ絵なども多く描いた。その他、プラモデルの箱の天面にリアルな絵を描く「箱絵(ボックスアート)」の分野でも活躍した絵師。
↓(画像は「yuzuru themolice」さんのブログから引用)

↓「サンダーバード」関連のマシンや飛行体のプラモデル箱絵も多く描いた
↓旧日本海軍の戦闘機「震電」(試験飛行12日後に終戦)のプラモデル箱絵
(画像は「Antique Toy Shop SHOOTING STAR」のHPより)


↓ジグソーパズル用の絵「戦艦大和」(「Aucfree」のサイトより引用)
◎ラルフ・マクォーリー※(1929~2012)
ボーイング社でテクニカルイラストレーション(工業製品などの構造と部品配置などをわかりやすくした絵)の仕事をした後に独立して、「コンセプトアート」という”ある概念を可視化した絵”の分野で活躍。
↓テクニカルイラストレーション例:ゼネラルダイナミクス社のF16戦闘機(米国、クラウンパブリッシャー社発行「Combat Aircraft」より)


映画「スターウォーズ」ではその制作企画段階から参加して、ジョ-ジルーカス監督が考えた構想概念と登場者イメージなどをマクォーリーが可視化(見える化)してイラストを描くという重要な仕事をした。
↓以下画像5枚は、書籍「スターウォーズオリジナルイラスト集」((株)バンダイ出版事業部 発行)より


オリジナル画のR2-D2とC-3POは映画では少し変えられた




※ブログ「アディクト・レポート」さん曰く「従来、日本では「マッカリー」と表記されることが通例だが、ご本人に直接会って確認したところ、本当の読み方は(日本語のカタカナで表記するのも難しいのだが、最も近いのは)「マクワウリ」だそうで、このままでは野菜の「まくわ瓜」とダブって違和感あるので「マクォーリー」とするのが妥当であろう」・・とのこと。
《過去や現在のシーンを緻密に「見える化」した絵師たち》
(以下、樺島、鈴木、伊藤の作品画像は「大正・昭和少年少女雑誌の名場面画集」(学習研究社刊)より)

◎樺島勝一(かばしまかついち:1988=明治21~1965=昭和40年)
独学ながら抜群の緻密さのペン画で、「船の樺島」と言われるほど軍艦や帆船を描くことが多かったが、時代的には軍事冒険小説の挿絵も手掛けた。
↓小さな画像ではわかり難いが、ペン画(上)




◎鈴木御水(すずきぎょすい:1898=明治31年~1982=昭和57年)
雑誌「キング」や「少年倶楽部」の口絵や挿絵を多く手掛けた。特に飛行機の絵を得意とした。
↓「飛行艇」(郷愁倶楽部のHPより)

◎山口将吉郎(やまぐちしょうきちろう:1896=明治29年~1972=昭和47年)
東京美術学校(現、東京藝術大学)卒業後、雑誌「幼年の友」の挿絵画家として登場。正確なデッサン力で”時代モノ”特に若武者の絵を得意とした。時代考証に忠実たらんとするために等身大の鎧を作り、弓道を習得するなどした。


◎伊藤彦造(いとうひこぞう:1904=明治37年~2004=平成16年:享年満100才)
朝日新聞の一社員時に同社専属挿絵画家の指導受け、その後に日本画家の橋本関雪に学んだ。剣術家の息子であり師範免許を持っていたため、描く剣戟世界は真に迫っていた。通常の彩色画も描いたが、緻密なペン画も得意とした。
↓ペン画「阿修羅天狗」

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※”挿絵、口絵など、純粋絵画ではないが大切な絵”シリーズ続きの第4弾は少し間をおいて綴ります
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