挿絵など、純粋絵画ではないが大切な絵の色々!(1)
世の中には用途によって多様な種類の”絵”がありますが、美術作品として鑑賞されるような絵ではないが、”ある役目を背負って描かれる絵”という存在があり、それを描く作者たちがいます。
世の中には用途によって多様な種類の”絵”がありますが、美術作品として鑑賞されるような絵ではないが、”ある役目を背負って描かれる絵”という存在があり、それを描く作者たちがいます。
◎絵本の挿絵への疑問
今回、そもそも“絵”をテーマにしたきっかけは、近代の子供向け絵本の挿絵の現状に少し疑問をもったからで、それは”描かれる人、動物、植物、服、モノ、家、山、川などあらゆるものが概念的で単純化されている”ことが、全ての絵本にとってそれで良いことなのか?・・というものです。
一般的に脳力が未発達の”幼児”向けには、物語と挿絵は動物、植物、やモノなどを単純化、擬人化、概念化したカタチがとられ、例えば先日(2021.5.23)に亡くなった米国の絵本作家エリック・カール氏の「はらぺこあおむし」の挿絵などは、これに該当するでしょう。


◎具体的・写実的な挿絵の効果
しかし一方、その対象読者となる子供の脳の情報処理力が発達してからは、絵本のストーリーと挿絵が具体的で細かい表現であっても認識されるようになって、例えば「あおむしはこんな色・形をしているんだ」 「(都会育ちの子なら)田舎はこんな風景で、山や川はこうゆう風に見られるんだな」 「昔は水を、こんな格好した井戸というものから汲んだんだ」 「武士が着ている鎧というものは何か細かい板が沢山ついているな」・・
というような写実的付帯情報を得ながら登場人物が置かれている環境や時代背景を踏まえられるのでストーリーの印象がより強まりますが、挿絵が”概念化、単純化”したものであれば印象に残ることは少ないもの。
私がこのようなことを言い出した背景には、私自身の体験があるからで、その原点は「講談社の絵本」シリーズで、小学校入学前後から読み始めたものですが、この本の挿絵は殆どが具体的(具象的)・写実的であり、しかも(私は最近になって知ったことですが)絵の作者は日本画、洋画の一流の人たち※だったので、丁寧に描かれた挿絵の視覚的印象は強く残っています。
例えば「安寿と厨子王」では”昔の子どもたちの旅姿はこんな着物を着ていたんだ”とか「ロビンソン漂流記」では”無人島でも工夫してこんな家具や住家が作れて作物も自分で作れるんだ! 僕もやってみたいな”・・などと視覚情報からも刺激を受けるなどインパクトは大きく、その後の人生にまで影響された人も多いようで、グラフィックデザイナーから画家にもなった横尾忠則氏や歴史作家になった永峯清成氏もそのように述懐されている。私も少なからず影響を受けて後の自分の職業につながった部分があります。

◎「講談社の絵本」シリーズ

◎「講談社の絵本」シリーズ
現在の講談社がまだ「大日本雄弁会講談社」と称していた戦前の昭和11年から昭和33年まで、途中で何度かシリーズ名を改称しながら刊行。その後も平成に至るまで二度ほど”シリーズの中から厳選約20冊をまとめて発刊”などした。こうして創刊から販売総計なんと7000万部は、その質と量で日本の子どもたちに与える影響が大きかった。
・「講談社の絵本」・・1936(昭和11)年~1942(昭和17)年
・「コドモヱバナシ」と改称して・・1942(昭和17)年~1944(昭和19)年
・「講談社の絵本イッポンノワラ」と改称して・・1945年10月
(終戦2か月後)復刊するもすぐ終刊
(終戦2か月後)復刊するもすぐ終刊
・「講談社の絵本」の名で再登場して・・1946(昭和21)年~1958(昭和33)年
(この昭和33年に社名を(株)「講談社」に変更)
・「講談社の絵本 ゴールド版」・・1959(昭和34)年~1965(昭和40)年まで?発刊
・「講談社の絵本 完全復刻版」(全24巻)同時発刊・・1970(昭和45)年
・「新・講談社の絵本」(全20巻) 同時発刊・・2004(平成16)年
↓戦後の「講談社の絵本」の一部(ヤフオクページより引用)


↓表紙絵の例「牛若丸」(戦前版):右から書き・カタカナルビ

↓表紙絵の例「牛若丸」(戦後版):左から書き・ひらがなルビ


↓表紙絵の例「牛若丸」(「新・講談社の絵本」版):丸ゴチック文字

↓挿絵の例「青い鳥」(supekuri.shop-pro.jpより引用)

※「講談社の絵本」の本文と挿絵の一流作家・画家(イラストレーター)たち
本文を担当した作家:村岡花子、西條八十、宇野千代、川端康成、円地文子、有吉佐和子、石井桃子、平野威馬雄(平野レミの父)、他。
挿絵を担当した画家:高畠華宵、蕗谷虹児、加藤まさを、小松崎茂、沢田重隆、松本かつぢ、他。(この6人については次回に紹介)
◎具体的・写実的基礎を踏まえての単純化・抽象化・概念化
画家のピカソ、マチス、熊谷守一たちは、絵の対象物を抽象化あるいは単純化した画風が有名ですが、この人たちも元は精密な石膏像デッサンなどで基礎を磨き、その後に具象的・写実的絵画を描いた時期を経過した後に”単純化・抽象化”の領域に至っている。換言すれば、彼らは”モノの姿・有様”をしっかり捉えているからこそ、そのエッセンスを抜き出して単純化や抽象化した表現ができた。
↓ピカソのデッサン(新美ブログより引用)

↓マチスのデッサン(アトリエヒュッテのHPより引用)

↓熊谷守一のデッサン(ちょっと狂いがあるが・・)
(金井 直氏の論文より引用)

◎子供向け絵本には具体的・写実的な挿絵がもっと在って良い!

◎子供向け絵本には具体的・写実的な挿絵がもっと在って良い!
子どもに最初から単純化・抽象化したモノばかり見せたら、モノの実際の姿、本物を知らないまま育ってしまう。それらを先に知らしめてから、必要に応じて単純化・抽象化するのが順序というものでしょう。
別の視点から見れば、子供向け絵本などの挿絵作者は「語りの文章の内容に沿って、実にうまく単純化・象徴化した絵が描けた!」として大人の視点の満足感を得ているでしょう。しかしすべてこれが子供のためになっているか?・・ということです。
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なお、ここでは絵本の挿絵に特定しましたが、テレビや映画のアニメ化した物語に関しては、動画なので製作コストや時間的制約など条件が絵本とは異なるので、単純化した絵が主流になるもの。
しかし、単品モノの物語作品などでコストをかけられる場合には、(人物はともかく)背景などには写実的な絵が採用されることも多い。スタジオジブリ作品にもそれが多く、「おもひでぽろぽろ」では紅花畑が出てくるシーンのために高畑勲監督はスタッフをひきつれて山形県に行き、実際の紅花とその栽培畑を観察させて、本物を十分に知ってから作画させている。
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長くなるので次回には、子供または大人に向けた”写実を基本にした(純粋絵画ではない)絵”を紹介。
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蛇足:先日(2021.6.5)、「はらぺこあおむし」の作者の死去間もなくのこと、毎日新聞の風刺漫画コーナーに「エリック・カールさんを偲んで はらぺこIOC 食べまくる物語」という題で” はらぺこあおむしの恰好をしたバッハ会長やIOC役員たちが《放映権》というリンゴをむさぼり食う似顔絵”が掲載されたそう。
これに対して、「はらぺこあおむし」の日本での出版元である偕成社は「風刺の意図はわかるが、この物語の本当の意味が分かっていない表現であり、強い違和感を感じる」というコメントを同社の公式サイトで表明したとのこと。・・この物語は”あおむしが一生懸命に食べて後に美しい蝶になる”という筋書きであるので、これとなじまないからだ。
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